神無月の饗宴
コツコツ コツコツ
という音が遠くに聞こえ、次第に近づいてきた。健の声も聞こえてきた。車のウィンドウを下ろしているらしい。
ウィンドウ?
ハッとなって目を開けると、年配の巫女が覗き込んでいる。
「どうなされました、大丈夫ですか? 昨夜から車をここに泊めて寝ておられたようですが・・・」
「えっ? えぇ・・・」
健と顔を見合わせた。なにがどうなっているのかさっぱりつかめない。
巫女は私の手に視線を留めた。
「あなたはもしや神様のご神託をお受けになられたのではありませんか? そのおにぎりは今朝お供えしたおにぎりなのでは・・・」
「よく分からないんです。なぜおにぎりを持ってるのかも・・・大神神社から参った者ですが」
「毎年何人も神社関係の方が来られていますが、神様とお話しされたのは32年ぶりですね。私以来ですよ。神様はいたずら好きですから・・・よろしければ朝餉をご用意しますよ」
「えっ、いえ、いえいえありがとうございます。あのっ、もう少しここに居させてほしいんですが」
「それは構いません、まだ時間も早いことですし、ごゆるりとなされませ。そうそう、あなたは今後神様とコンタクトをとる力を持たれたのですよ」
私は運転席にいる健と再び顔を見合わせた。家から着て来た服を着ている。スニーカーを履いている。そして手にはおにぎりを持っていた。
おにぎりをかじった。塩の効いた温かみの残っているおにぎりだった。
涙がにじんできて、おにぎりの上にこぼれた。
私たちは斐伊川のほとりに車を止めて、外に出た。
広々とした川は大きく曲がりくねりながらゆったりと、日本海の方角に向かって流れていた。
「たける、たとえ結婚しても大神神社で御神体である三輪山をお守りし、大物主神様にお仕えしていくことに決めた!」
「そややまと、一緒に神社を盛りたてていこうや」
悠々と流れる川にはいくつもの砂州があり、それらは蛇の鱗を思わせる大きな模様を描いていた。
終
参考資料
『激変! 日本古代史 卑弥呼から平城京まで』足立倫行 朝日新聞出版