神無月の饗宴
シュッ
健の放った矢が酒を飲んでいた頭の額を射た。
ヤッタァ! と ふたりしてガッツポーズ。
首をひねりながら空中高くもたげたかと思うと、ドサーッと地面を打った。
すかさず別の頭が隙間に突っ込み、酒樽に舌を出し入れし始めた。
私も弓に矢をつがえて放った。それはちょうど頭をもたげたところで、矢は首に立った。赤い目が向けられ、私をとらえた。
次の矢で、額に狙いをつけた。が、頭は私のすぐ目の前にあって口が大きく開けられ、牙が・・私の体と同じぐらいの大きさの牙が・・・
私は弓矢を放り出して向きを変え、逃げるところを横向きにくわえられ、空高く持ち上げられた。
「きゃーっ、いやあ、いやァ、離せ―っ」
「やまとぉ―、刀を使えェー」
健の声がはるか下から聞こえた。駆け寄ってきた健の後ろに大きな頭が見えた。
「たけるゥー、うしろ うしろぉ〜」
手足をばたつかせながらオロチの口から逃れようとして、はたと気が付いた。
ここで口から出たら真っ逆さまや、どうしよ・・・
健には私の声が届いていたようである。矢をオロチの額に立てていた。我が弟ながらアッパレである。が、それでオロチの首が死ぬわけではないようだ。
私をくわえたオロチは舌を牙の間からチロチロ出し入れして、まるで私を味わっているような。
どうやらすぐに飲み込んだり、すりつぶしたりする様子はない。口の中に入ったら上顎をこの剣で突き刺すことに決めて、しばらく周りの様子を眺めることにした。
横倒しになった空の樽。まだ酒が残っているらしい2つの樽を5つの頭が取りあっている。5つの頭、いや首が絡み合い押しのけようと、上に持ちあがったり地面にこすれたりしている。
動きまわる標的には、健の腕では歯が立たないようだ。
オロチの胴体に目を向けた。今は高い位置にあるので、それはよく見えた。
山並みのように連なって見えているあれがそうだと思う。8つの首が集まっているところ。そこから下方に向けて目を移していくと、草原のようになっているところがそよそよと風にゆらいでいるようだ。目を凝らして見ると地面? 体の表面? が動いている。あそこを狙えばオロチを倒すことができるんとちゃうやろか。
酒にありつけなかった頭がこちらを見ている。食べ物として私を見ているにちがいない。何かの拍子にこんな高い所から落ちたらからだはぺしゃんこになって即死だ。
オロチの口の中を片手で探ってみた。少し体をずらす。見つけた! 牙だろう。それに腕を巻きつけて体を引き寄せた。ずるっと口の中に入り込むことができた。
オロチの舌が私を探している。口の中を上に下にとまさぐっている。足で押し返した。牙にしがみついて何度も何度も。腰に差していた剣を引き抜いて、舌を払う。
次に襲ってきた瞬間舌に飛び乗って、右手で剣を持ち上顎部を突き上げた。舌は私を押し退けようと動きまわっているが、両手で剣を押し上げそしてぶら下がると私の体重でそれは抜け、舌の上に落ちた。飲み込まれそうになったが頭がのたうっているのだろう、前後左右によろけながらも牙の所まで戻り再びしがみついた。履いていた靴はオロチの舌の上を移動するのに適していたようだ。
開いている口から外をのぞいた。
健も弓を捨て、剣でオロチに対している。
私を口に含んだオロチは頭を地に付け、のたうっている。
口の中で転げないように・・・剣をしっかり握って・・・絶好の瞬間を待って口から飛び出した。