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神無月の饗宴

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 遠くに見えたそれは、蛇の頭のようなものが山の頂を越えて動いているのだ。それが5つ、いや6つ?・・・8つ! どうなっているのか全く理解できない。それらはこちらに近づいているようにみえる。
「早よ車に戻ろ」
 ふたりは同時にそう言って駆け出そうとした時、雷鳴と共にイナビカリがすぐ近くの岩山に落ちた。
「ヒエーッ」
頭を手で隠しうつむいてしゃがんだ。
 岩山のかけらが飛んできた。数十秒そうしていただろうか
「やまと、見ろよこれ」
 恐る恐る顔を上げた。
 雷が落ちた岩山の一部が削られていた。岩山の中は空洞で、そこに何かがある。
 8つの4斗樽が目に入る。そして近づいてよく見ると、2振りの刀剣と2張りの弓と矢が数本、まとめて置かれていた。

 健が刀剣を手にした途端に健の装いが変わった。
「た、たける・・・その格好・・・」
「え? あれ、変わっとおる、なんやこれ」
 今まで着ていた長そでシャツとチノパンの姿が、腰でしぼられた白い色の筒袖のかぶり物と、太ももは膨らみ膝から下がスリムになっている白いズボンに変わっている。
 私も刀剣を持って空中にかざしてみた。すると私も健と同じ姿になった。まるで大黒様が身に着けているものと同じだ。スニーカーが木の靴になっている。底はギザギザが入り、周囲は薄い木の皮のようである。履き心地は悪くない。どちらかといえばぴったりで、動きやすい。
「たける・・・夢ちゃうやろか、いっぺんたたいてみて」
とつき出したほっぺに健の平手打ち。
 パシーン!
「いたい! おもいっきりたたくことないやろ」
「夢とちゃうんや、ちゅうことはあのけったいな・・・ヤマタノオロチみたいなんと闘え、ちゅうことか!?」

 私は靴の具合をみるためにピョンと跳ねたつもりが、ピョ〜ンと高くジャンプした。
「すごい! すごい跳躍力や、たける、あそこから飛んだら飛べるかもしれんで」
と小高くなっているところを指差した。ピョ〜ンピョ〜ン跳びはねていた健はすぐさまそこへ駆けて行った。
「よっしゃ、飛ぶで」
 しかし飛べないことが分かった。そのまま足で着地し、勢いで尻もちをついている。
「いったあー」
とお尻をさする健。

「たける、悠長にしとる場合ちゃうやん、あれ・・・ヤマタノオロチ・・・だいぶ近づいて来て、こっち睨んどる」
「やまと、それ酒やで、須佐之男命がヤマタノオロチ退治の時に飲まして酔わしたやろ、多分同じ事ヤレ、ちゅうんや」
「誰がそんな事させとるんや、なんでうちらがせんならん!」
「ごちゃごちゃゆうてる暇ない」
と、樽のふたを開けるとプーンと酒の匂い。
「これを、ほれ、あそこの広いとこにまとめて置こ、ヤマタノオロチは酒好きやよって、樽に頭突っ込んでるうちにこの弓で撃ったらええ」
「ちょっと待って」
と言い、草叢に入って草の蔓を切り、背中まである髪を束ねて蔓をぐるぐる巻きつけてくくった。束ねた髪の先もくくりつけた。

 ふたりがかりで8つの酒樽を岩山の空洞から下ろし、広々したすすき原まで押して行った。怪力になったのか、ひとりで軽々と押して行けた。
 刀剣を腰紐に差し、弓矢を肩から背中に負い、ふたりは反対方向に走って弓を構えた。
 
 私は剣道をしていたが弓の心得もある。神社の娘として破魔矢を放つことがあったからである。子供の頃から的を射る練習をさせられてきた。高校のクラブも弓道部に入って腕に磨きをかけることを期待されていたのだが、親への反発から剣道を選んだ。どうも武道からは離れられなかったようである。
 
 来た! 頭が・・・大きい。近くで見る頭は・・・畳4枚分あるにちがいない。口は大きく裂け長い髭がある。目は赤く、人の頭ほどの大きさをしている。首は鱗に覆われ、胴部は・・・胴部は遠くにあって見えない。
 
 最初に来た頭が舌を出し入れしながら酒樽の酒を飲みだした。
 別の頭も降りてきた。
 遅れて到達した6つの頭が押し合いをし、首をからませ酒樽の取り合いをしている。
作品名:神無月の饗宴 作家名:健忘真実