神社奇譚 0-1 土俵祭り
今日も薄暗い早朝から少年達は
ぶつかり稽古を行なう。
その表情は真剣そのものだ。
無垢なまでのその熱い想いは湯気となって立ち昇る。
負けて土俵に転がっても、涙を流しながらも
必死に堪えて、起き上がり、またぶつかって行くのだ。
負けても、負けても、転がっても、転がっても
また起き上がり、勝つまで、起き上がるのだ。
擦りむいても、泣かない。
はたかれても、泣かない。
そうやって強くなるのだ。
そうやって男は強くなっていくのだ。
そのひたむきさには、親や世話役たちも涙を禁じえない。
過酷で、辛いものだ。
だが、止めてはいけない。
我が子大事さに甘やかしてはいけない。
ある世話役は云う。激励し、応援するのもやめてくれ、と。
少年達の身体は紅潮してゆく。
自然と声は大きくなり、少年達の動きも活発になってゆく。
泣き虫の2年生も必死になって大柄な6年生に挑んでゆく。
そのときだ。
2年生はぶつかる直前に、6年生の目の前で手を叩いた。
一瞬目を瞑る6年生に脚を絡ませて、見事倒してしまった。
俗に言う「猫騙し」である。
仕掛けた本人は唖然として倒れこんだ6年生を見ていた。
取り囲んだ少年達は事態が飲み込めなかったが
倒された6年生は、大声で笑い出した。
すると、少年達は皆、笑い出した。
世話役もいつもなら「負けて歯を見せるヤツがいるか!」と一喝するが
今日は笑っていた。泣き虫の2年生は、皆に褒められたのに。
ヒーローとなっても、やはり泣き虫だったようだ。
作品名:神社奇譚 0-1 土俵祭り 作家名:平岩隆