息衝くオトコ
「理君。おかわりは? ご飯たくさん炊いたから、いっぱい食べなね」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、もう一杯」
空になった茶碗を受け取り、ご飯をよそいながら母親が他愛もない世間話を始めた。此島はそれに相槌を打ち、一緒に笑って会話を楽しんでいた。
全く違和感がない。
変な壁を作らない此島は、誰にでも自身に踏み込む隙を与えるし、相手の壁を気付かれずにひらりと超える才能がある。計算された行動や言動には距離を置きがちな人でも、此島と付き合っていると自然と隔たりがなくなる。努力をして出来ることでもないから、持って生まれた性格だろう。小さいころからお互いの家を行き来している二人だが、吉田は此島の家でここまでくつろげない。「おばちゃん、こんにちはー」と靴も揃えずに上がり込んでいた鼻垂坊主の頃は、それなりに好き勝手をやってきた。これを成長したというならば、此島はあまり成長していないということになる。
吉田の両親は、久しぶりに帰ってきた息子をほったらかしで、此島との談話に花を咲かせていた。地元人の地元話しを客観的に聞いていた吉田は、ふと疎外感を抱いた。わからない話が多いのだ。バスと電車で三時間の距離が、果てしなく遠いものに思えて仕方がなかった。
「今日は、日吉神社で“踊り”だ。行くか? 幸一」
朝ご飯を終えて、居間でテレビを見ながらだらだらしていた吉田に、同じくだらだらしていた此島が訊いた。今日は一日だらだらしようと決めていても、だらだらし過ぎると疲れる。体力回復のためのだらだらは、加減を考えなければいけない。このままいけば、夜には疲れきっている。
「ああ、行くか。どうせ、やることもなかったしな。虫よけスプレーを探そう」
よっと掛け声をかけて起き上がった吉田は、玄関の方へ歩いて行った。数分して戻ってくると、此島に言った。
「虫よけスプレーがないから、買いに行ってくる」
「おー、わかった。いってらっしゃい」
テレビから目を放さずに、此島は頭の上で手を振って吉田を見送った。これではどっちの家だかわからないな、と思いながらも「じゃあ、いってくるわ」と、吉田は家を出た。