アイツ恋愛
「あんたの恋は、終わったんだよ!振ったつもりが、振られたんだよ!」
あたしは走り出した。目から涙が溢れた。
あたし、分かっちゃった。涼がすきだって、分かっちゃった。でも・・
あんた、虫が良すぎるよ。
百合の声が、あたしの頭に響き渡る。
確かにそうだ。でも・・あたしは気づいてしまった。欲しいと思ってしまった。曖昧な関係は嫌だと思ってしまった。この思い・・止められるわけないじゃない。もう止まらない。自分自身が欲しがってるんだから。アイツを。でも・・
そんなこと相手を傷つけるだけじゃん!相手を裏切っただけじゃん!
百合の言うとおりだ。あたしが涼を好きになったってことは涼を傷つけた。あたしは・・涼を、大切な人を裏切ったんだ。こんなことになるなら・・気づかなければ良かった。一生分からないまま、清い関係で終わりたかった。どうせ叶わない恋なら・・
好きになんてなりたくなかった。
あたしは走り続けた。涙が、どんなに走っても流れ、止まらず、乾かなかった。
涼。
あたしの感情があふれ出した。どうしようもなく好きな人。・・それでも、伝わらない、伝えられない―。
あたしは恋のセツナさと、そして苦さを知った。
「おい、凛華!」
涼が走ってあたしを追いかけてきた。いきなり出て行ったあたしを不審に思ったんだろう。でもあたしは足を止めなかった。・・ここで涼に泣き顔を見られたら、あたしは最悪の調子乗ってる女になってしまう。それだけは嫌だった。よけいなおせっかいは無用だ。
「凛華!」
涼はなおも追いかけてくる。あたしは全力で走った。駅まで。
「凛華!とまれって、おい凛華!」
涼はとうとう追いつきそうになった。あたしはそれでも振り返らないと心に決めた。
「凛華!」
涼はあたしの手首をとうとう掴んだ。あたしは振りほどいた。
「凛華!」
「うるさい!」
あたしは気づいたら叫んでいた。もう、感情が溢れてがたがただった。不安定で今にも消えてしまいそうな強さを、凛華は辛うじて保っていた。これが消えたら、あたしは―。
「おまえ、なんでさっきから走って逃げてんだ?俺に、何か言いたいことでもあんのか?」
あたしはのどが詰まるような思いだった。いいたいこと、それは只一つ。好きということ―。でも言える分けない。言っていい分けない。あたしは涼を裏切ったんだから・・。
「おまえ、ないてんのか?だったら泣け。幾らでも、気が済むまで泣け」
あたしはかぶりを振った。これ以上、大切な人を裏切れない。あたしに涼に甘えていい選択肢なんて、ない。
「でも凛―。」
「もういいよ」
あたしはすっと低い声で涼を遮った。そしてあたしは顔を上げ笑った。
「これは、あたしの問題だから」
そして、また走った。
何でだろう。涙が止まらない。あたしは涼を裏切った。泣く権利なんて、ない。悲しいと思う権利も、ない。あたしはこれ以上、涼を好きでいていい分けない。あたしはあたしなりに大切な人をもう傷つけないようにしなくちゃいけない。あたしは涼を諦めるべきなんだ。
でも、好きだ。涼のことが、大好きだ。そんなの、止められない。それは変えられない。そんなの、しょうがないじゃん。止められなくて、誰よりも貪欲に求めるんだからしょうがないじゃん。
だけど、そんなに大切な人ならなおさらもう傷つけられない。裏切れない。だから、諦めるべきだ。綺麗に、後なんか残んないくらいすっぱり諦めるべきだよ。もう、友達に戻ってこんな感情捨てるべきじゃん。
分かってる。分かっているけど、好き。もう、戻れないって分かってるくらいに―。
あたしは、電車にのっても家についても泣いたままだった。仕方がないくらいすき。でもその人のために諦めなきゃいけない。でも、分かってても無理に決まってる。もう、あいつなしでは生きられないんだ。でも、裏切ったなんて―。あたしは最低だ。自己中だ。利己的だ。人を傷つけて、それで勝手にあたしが泣くなんて―。
でも、あたしが最低でも、自己中でも、利己的でも、なんだってかまわない。涼と恋人になりたい。ずっと一緒にいたい。
あたしは溢れる涙をぬぐえなかった。あのとき、涼に笑って「あたしの問題だから」といえたのは奇跡だ。でも、ほんとにあたしだけの問題だったんだろうか?そんなの、わかんない。もう、考えたくもない。涼のことなんて―。
恋は、苦い。ほろ苦いどころか、心の奥底の悲しみを引き出すようなくらい苦いなんて・・・。
何にも知らなかったのは、あたしのほうだったんだ。
あたしは涼と友達に戻る。何もない永遠にでも続きそうな友情という清い美しい関係に、戻る。―でも、明日じゃ無理だ。こんな深い悲しみと想いをすぐに諦めるなんて・・。一週間、一週間後に友達に戻ろう。そして、もう二度とこの気持ちがもどることのないように、あたしは涼への気持ちに蓋をしよう。それでいい。それでいいはずなのに・・。
何でこんなに涙が溢れるんだろう。
五、黒い闇
じめっとした蒸し暑い風があたしの頬を掠める。もう、夏か。あたしは涼の傍らでそんなことを考えていた。昨日のことがあって、あたしと涼は気まずい。本当は、風を感じる余裕なんてまずない。でも、今は違う。
隣に、百合がいるからだ。
今日の一日は最悪だった。
まず朝、涼と一緒に登校していた時にいきなり後ろからどつかれた。あたしはその時まだ比較的涼と気まずくなかった。だから話していた。あたしはいきなりのことだったから、何がなんだか分からず、前にふらっと来て倒れそうになった。涼のしっかりした腕があたしのことを支えてくれた。ありがとう、といったとたん、
「あら、おはよう。凛華。」
と、甘ったるい声があたしの上から降りかかってきた。あたしは頭を上げなくても誰か分かった。百合だ。
「なんか用?」
あたしはあえて不機嫌全開だった。朝からあんな甘ったるい気持ちが悪い声を聞いて平気でいれる訳ない。
「なんか用?とは失礼ね。一緒に学校に行こうと思ってたのに。」
あたしの不機嫌さを無視するかのように、百合の声は甘ったるさを増していた。
「って、白戸!何だ白戸かー。びっくりした。おはよう」
涼はあっさりした声で百合に挨拶をした。あたしはなんだか胸がずきっとした。涼の声を聞いてずきっとするなんて、初めてだ。そして、挨拶をしたことに対してショックだった。
「あら涼くんおはよう」
百合は(たぶん)全開の笑顔で涼に挨拶を返した。あたしはそれだけでものすごくブルーな気分になった。二人が、仲良くしてるなんて・・。なんか、悔しい。
「まあ、それはいいんだけど」
徐に百合は切り出した。
「あなたたちちょっとくっつきすぎよ」
あたしたちははっとなった。今まで百合と涼の話に夢中であたしは気づかなかったけど、あたしはさっきどつかれ、涼の腕に掴まれた状態のままだった。つまり言えば、涼が後ろから抱きしめているみたいだった。
あたしと涼は慌てて離れた。あたしはうつむいて、涼はそっぽを向いた。多分、どっちも真っ赤だったのをきずかれたくなかったんだと思う。でも百合は気づいたらしい。そしてこういった。