アイツ恋愛
あたしはおもわずその場に座り込んだ。ドキドキしている。とってもじゃないけど、心臓が持たないよ・・。
「馬鹿。しっかりしろ、凛華!」
あたしは自分で自分を勇気付けた。今日告白するんだ。そして絶対、アイツと恋人になるんだ!・・・あたしはそんなことを考えていた。
試合が始まった。涼はスタートメンバーではないらしい。だからあたしは、はじめのほうはまじめに見ていなかった。涼にどう告白するとか、涼と付き合ったときのこととか、そんなくだらないことを考えていた。心が躍るほど、わくわくする。幸せになったときのことを考えると、ぞくぞくする。涼の存在が、どんどん大きくなっていってるみたいだった。好き、大好き。恋がどんどん楽しさを増していく。
気が付けば、涼が試合に出ていた。あたしはスポーツ好きだけど、サッカーのルールなんて知らない。でも涼がオフェンスとかいうのだとは知っていた。だからあたしは精一杯応援した。
「涼!!!走れ!」
周りにいる同じ学校のサッカー部の応援団のように、あたしは声を張り上げた。なかなか涼にチャンスが来ない。でも、負けて欲しくない。
ゴールキーパーがボールをはじく。ディフェンスがボールを奪う。守るも攻めるも白熱している。・・いま、一対一なのだ。ここでゴールをきめてくんないと・・・同点。チャンスはあるのに、ゴールは決まんない。
こぼれ玉が涼側のチームに渡った。涼が、走る。速攻だ―。
チャンス!
涼が走る。ロングパス。ボールが宙にある。相手と競り合う。涼がボールを手にする。そしてそのままシュート・・・。
あぁーおしい!という声が聞こえる。弾かれた。入らない。でも、諦めない。涼はボールを追った。空中にあるボールに目は向けられている。ボールをしっかりと捕らえている獣のような真剣な目―。ジャンプ。・・そしてそのまま、ヘディングシュートの体制をとった・・・。すべてがスローモーションに見える。ただ胸にある言葉は、入れ。
ピー!と、タイマーがなった。・・ゴールキーパーが倒れた。ボールはネットに吸い込まれていた。
入った。
「試合終了!!」
審判が叫ぶ。あたしたちのベンチは歓声で満ち溢れた。涼たちは勝った。涼の放ったシュートが、決定点となって―。あたしは涼の姿を探した。涼と目が合う。アイツはVサインと飛び切りの笑顔であたしにやったぜ!、と言った。あたしもおめでとう、と言い返した。心がときめく。ドキドキが強い。まばゆい笑顔―。
「あなたが、凛華さん?」
高ぶった気持ちに、妙に現実見のある低い声が凛華の上で焦点を結んだ。いい夢を見ていて、急に肩を掴んで起こされたような不快感と、そして現実見・・・。
「そうですけど・・。」
あたしはその声のもちぬしに向き直った。あたしと同じ学校のひとで、たしかサッカー部のマネージャーをやっている白戸百合(しらと・ゆり)だった。かなりかわいくて、モテて不自由しないが、かなり性格が悪いと聞いたことがある。
「私、白戸百合。しってるでしょ?」
「そりゃあ、同じ学校ですから」
あたしがそういったとたん。ニヤリと笑った。とたん、背中がゾクゾクするような悪い予感が、あたしの中を貫いた。あたしは、つとめて冷静に言ったはずなのに・・。
「あなた、三笠涼君と幼馴染なんですって?」
急に声が重く聞こえた。あたしの心に、冷たい鉄骨のようにのしかかる。
「はい、涼とは幼馴染ですけど・・」
「涼?」
百合は急に声を低くした。べったりとして、あたしの心にまとわり付く不快感・・。そして、急に豹変した百合の顔・・。思いっきり歪んで、何か強い憎しみを感じさせる、反らしたくなるようなきつい光りを放つ目・・。あたしを捕まえた。もう二度と許さないと言って来そうだった。
「あの・・白戸さん?」
あたしはつとめて冷静に言った。・・のに。百合は目を大きく見開いてあたしに真っ直ぐ向かってきた。あたしにまとわり付く不快感が最高潮に達した。あたしは走った。
「おい!待てよ!」
百合も追いかけてくる。歪んだ顔、きつい瞳、まとわり付く声・・。あたしはすべてを剥がしたかった。逃れたかった。
「ここまでくれば大丈夫だろう・・。」
あたしはかなり走った。右も左もわかんない場所で。とにかく逃げ切った。足音が聞こえないということは、きっともう追いかけてきてない。あたしは安心してスピードを緩め、地べたに座り込んだ。ともかく帰らなければならなかった。さて、帰ろうかと腰を上げたその時・・。
あたしの肩に手がかかった。
「みーつけた」
どこか楽しげで、でも憎しみを感じさせる低い声が、あたしの耳に届いた。
「し、白戸さ・・」
あたしは焦りまくった。言いかけた瞬間―あたしの胸倉を掴んで立たせた。ものすごい力で、あたしの目にきつい光りをぶつけた。
「あんた・・涼なんてよくもなれなれしく言えたもんだね」
百合はさっきのまとわり付くような声で喋った。
「あんた、邪魔。なんで、あたしと涼の恋の邪魔をするの?」
恋?―まさか百合は・・。
「あたし・・何もしてない。何で邪魔とかいうの?」
ふるえる声で、あたしは百合にといた。すると百合はいっそう鋭い光りをあたしに向けた。
「あんた・・諒にすきって言われたんだって?・・それでちょうしのってんじゃねえよ」
な・・なんでそのことを。百合の手に力がこもった。
「あんた、まさか涼のこと好きなのか?」
あたしは目を思わずそらした。それがよっぽど気に食わなかったらしい。
「ふざけんな!あたしが涼のこと好きなんだよ!おまえに邪魔される筋合いはないんだよ!おまえ消えろ!ふざけんな!」
あたしは恐怖心を捨てた。おまえが邪魔、といわれて、頭に血が上った。
「誰がいつふざけた!」
あたしは叫んだ。そして、右の手のひらを思いっきり振った。
パシッ。
乾いたような軽快な音があたしの耳に響く。とたん、ふっと百合の手の力が抜けてあたしはその場にどさりと落ちた。百合は頬を押さえてあたしをにらみつけた。
「あんた何す・・」
「確かに、あんたから見ればふざけてるかもしれない。」
あたしは百合を見て、はっきりと言った。
「でも・・あたしは好きになっちゃったんだ。もう、涼なしでは無理なんだよ。そんくらい、あたしだって好きなんだっ!あんたこそ、あたしの恋を邪魔しないで!」
あたしはそう言い放った。そして背を向けて歩いていった。
「あんたは涼と結ばれないよ!」
百合が吐き捨てた。あたしは足を止めて百合を見た。あの時感じた、あの笑い方―。
「あんた、一回涼を振ったらしいけど、まだ涼があんたのこと好きだと思ってるでしょう」
図星だ。あたしは顔が歪んでいくのを感じた。
「告白されて、好きになった。―ってことは、涼を振ったこと後悔してるでしょ!」
そして百合はははっと笑った。
「あんた、虫が良すぎるよ。振って好きになるなんて、そんなこと相手を傷つけるだけじゃん!相手を裏切っただけじゃん!・・それで好きなんて、よくも言えたもんだね。」
百合は大声であたしをみて笑った。