アイツ恋愛
でも、涼だけは違った。涼といるときは、自然体でいられる。自分自身を偽らずに、ありのままの自分をさらけ出せる。変に気を使わずに、肩の力がすっとぬけて軽くいられる関係は、何よりもすきだし気持ちいい。涼は、あたしが何も言わなくてもあたしの気持ちを察してくれて、いつでも自由でいさせてくれた。あたしのことを見透かすわけでもなく、おまえのことはおみとうしだ、という傲慢なところもなく、押し付けがましさの微塵もない涼にすべてを、等身大のあたし知って欲しかった。そんなこと思ったの、今まで涼だけだった。だから涼といると気持ちが良かった。距離がちょうどよく、心地よくて何よりも大切な相手だ。
「眠い・・寝るか」
あたしは涼が寝ているのを気にも留めず、布団に入った。暖かい。これも涼と一緒にいたのに、初めて知った。幼馴染の涼と一緒に眠るなんて普通だった。むしろ心地よかった。
「ん・・。まぶい」
ぼんやりと白い壁が見えた。あたしの部屋だ。・・でもなんか動きにくい。
「ねぇ・・涼。」
あたしは涼に声をかけて、涼のほうに振り向いた。・・はずなのに・・。
動けない。後ろを振り向けない。
「ちょっと涼!」
あたしはちらちと後ろを見た。
涼はしっかりとあたしを抱きしめていた。多分、寝ぼけていたんだろう。これも、涼の癖?だ。周りのものを誰かれなく掴み、そして抱きしめる。
「ちょっと・・りょ、涼・・」
あたしの心臓は爆発寸前だった。目が点になりそうだ・・。あわてて涼の腕を振り解こうとした。でも、涼もやっぱりオトコノコ、腕はがっちりしてびくともしない・・・。ドキドキドキ・・いつまでもなって鳴り止まなかった。恥ずかしかった。でも、嬉しかった。恥ずかしくて、それでいて嬉しくて、このめちゃくちゃな気持ち・・
そうか、これが恋か―。
あたしはそのとたん、そう思った。いつも素直じゃない、それでいて心地いい、それでいて楽しい・・このめちゃくちゃさが恋だ。そして好きという気持ち、だ。あたしは素直に認められた。自分自身で、無理やり押し付けず、素直に受け入れられた。
あたしは、涼が起きるまで涼の腕の中で眠ろうと思った。しっかりして、それでいて暖かく優しい涼のそばにいたかった。後に、涼は目覚めるだろう。きっと、もうすぐ。その時にはいってやろう。友達の眠りを邪魔したくなかった。―だから、涼を眠らせておいたままだった。・・なんて、嘘をいう。あたしの本音は見せないよ。あたしは、涼が好きだ。大好きだ・・・って言う気持ち。
まだ、見せない。見せたくない。でも、この気持ちは涼のもの。涼だけにしか渡さない。それまでは・・あたしだけの秘密。
四、伝わらない、伝えられない。
「ふっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
隣で涼が大きなあくびをした。あたしたちは爽やかな朝の道を歩いていた。
おととい、あたしは涼を好きだときずいてしまった。だから・・涼とは今まで以上にきまずくなった。
「凛華!凛華!」
涼があたしの顔を覗き込む。鼻筋がすっと通っていて、まつげが長い。透明な瞳・・。
「なっ、なに?」
あたしは涼のほうをちらりとも見ずに返事をした。まともに顔が見れるわけない。だって、好きだから・・。
「おまえ・・あさって開いてるか?」
「へ!?うん」
こっこっこっこれは・・。デートのお誘い!?なーんてない心期待しちゃう。
「じゃあ、サッカーの応援来いよ」
「い・・いいの!?」
あたしは思わず聞いた。
「だっておまえ・・この前みたいって言ってたじゃないか」
「あ、そうだった」
笑ったりなんかしてみる。
あたしは涼がすきときづいてから、女の子らしい態度を涼に取りたくなった。今まで異性として見ていなかった相手なのに、どうしてか自分をよく見せたくなった。・・そして何よりも変わったのは―笑顔を見せること、かな?・・あたしは涼にずっと好きでいて欲しい。あたしも涼をずっと好きでいたい。だから、少しでも、涼の目に女の子らしく映っていて欲しかった。女子としてみて欲しかった。綺麗とか可愛いとか思っていて欲しかった。
でも、反面自分がどんどん変わっていくことにあたしは気が付いた。・・前みたいに、新鮮でなおかつ心地いいとは感じられなくなった。あたしが、あたしを曝け出せなくなった。涼といても、自由だとかほっとするとかは、微塵もなかった。それは、少し寂しい。でも、それが恋だ。楽しくて、少しだけ寂しい。でも、楽しさがかなり勝つのが恋だ。だから、さほど気にも留めないでおこう。
「じゃあ、約束な。」
涼はそういって笑った。反則だ。とろけるような笑顔を見せるなんて、朝から反則だよ。
「うん。」
あたしも笑い返した。そして、教室に入っていった。
「なんだよ・・あれ。」
あたしは布団に突っ伏した。
「反則だろ、あんな笑顔・・」
不思議と顔がにやける。やめようと思っても止められない。嬉しい。ときめく。
「恋って・・楽しいな」
あたしはしきりにつぶやいた。笑顔を見るだけでも嬉しい。会えるだけでも特別なトキ。このときめきやドキドキもアイツと繋がってる。嫉妬とか、悲しいは・・ない。でも・・。
切ない。この関係が痛い。曖昧な関係はもやもやしてて、そして苦い。恋は甘くて苦いとか言うけど、甘い、が勝ってる。だから今まできずかなかったかもしんない。
だけどやっぱり物足りない。近い距離は嬉しい。でもそれは友達として近いんだろう。あたしが求めているのは、貪欲に掴みたいものは・・やっぱりアイツだ。あいつ自身だ。友達としてでなく、恋人として欲しい。この関係は苦い。そして危うい。脆い。・・もしかしたらすぐにでも友達にもどっちゃう可能性があるから・・。
「欲しい。」
あたしはとたんにつぶやいた。
「涼が、欲しい」
感情が、あふれ出した。欲しい。・・何が?涼の笑顔が、涼自身が、涼の隣の位置が、涼の心が。
そして何より、涼の恋人というはっきりとした関係が。
「告白・・するべきかな?」
こんどはあたしから。
もう逃げない。逃げたくない。何よりも、失いたくない。大切な人を。
「楽しい恋を、もっと楽しくしたい―。」
あたしは、甘い考えを持っていた。あさって、告白。その日が来るまで・・・。
「凛華!」
涼はあたしを見るなり、練習を中断してこっちに向かってきた。馬鹿か、アイツ。でも、あたしは嬉しかった。
「凛華。来てくれたんか!」
涼がふざけて敬礼なんかする。あたしは思いっきり笑った。
「ばーか!あんたが来いっていったんじゃん!」
あたしも同じ調子で応戦する。このおしゃべりが、楽しい。あたしは思わず笑ったけど、涼は急にまじめな顔になった。
「あはは・・涼?」
「凛華。あのさ、もしシュートを決めたら・・」
「おーい、涼!速く来い!」
何か言いかけた涼を、誰かが呼んだ。
「あ、ゴメン。もう時間だ。また後でな!」
「え、ちょっとさっきのは!?」
あたしは気になって思わず聞いた。でも涼はへへっと笑ってから、あたしに背を向けて走っていった。
「だっはーーー。」