アイツ恋愛
五時間目の古典の時間になった。体育会系のやたらあつくるッしい先生の授業だった。ノートを取りながら、ちらりと涼の事を見た。大胆にもつくえに突っ伏して寝てやがる。でも、どきりともズキリともしない。
何でアイツは友達じゃいやなんだろう。ふとそう思った。
今まで、恋くらいはしたことがあるよ。でも、人生が変わるような思いではなかった。所詮すきってそんなものなの?涼。私は、友達とあんまり変わりないと思うよ・・すきって。今まで、犬猿の中でやってこれてたのに、何でいまさら・・・・。
その時間は・・・ろくに頭に入らなかった。アイツは、何で私なんかを好きになったのだろう。大体・・すきってよく分からない。あんたは分かるんかい?涼。この胸を這うモヤモヤは、アイツがくれたの?
さらにじっと涼の顔を見た。幼い面影はほとんど残っていない・・ね。まつげも長いし、声だって低くてかっこいいし、身長もトップのほう。顔もいいほうかも・・性格も良いし・・・ってはっ!あれっ?何でアイツのことばっか・・。
ねぇ涼。教えてよ。
三、恋って何?
夕日が沈みかけていた。今日は部活もなく、早めの帰宅となった。いつもなら傍らには涼の呼吸があった。いつも、毎日それを感じていた。・・・でも、今日は感じることが出来ない。速めに帰ってしまったよ・・。
・・もう、あいつと一緒に帰れないのかなぁ・・。
あたしは内心ため息をつきそうになった。昔から一緒で、腐っても腐りきれないほどの強い縁がアイツとはあった。何回も言うけど、いつも当たり前のようにそばにいて、これからもずっと一緒だと信じていた幼馴染なのだ。・・なのに、それがあの告白で崩れてしまうなんて・・・。意外と脆かったのかもしれない。
あたし、何で涼から逃げてんだろう・・。
私はまた、自問自答を繰り返す。ただの友達で、しかも異性として見れないと分かっていながら、ドキドキして逃げる。恥ずかしくなって、目をあわせられない。涼の姿を見ると、何がなんだか分からなくなってしまう。
ことさらに自問自答を繰り返す。真っ白で、素直で、新鮮で、純粋無垢な純情な感情・・・。初めての感情だった。べたべたとまとわり付くのではなく、さらりとして、何かを貪欲に求めるこの気持ち。子供の頃に、感じたことがあるような、むず痒い痛みを持って熱を帯びるこの思い。
何なんだろう・・これ。
そっと胸に手を当ててみた。
ねぇ・・涼。この胸を這う痛みは、あんたなの?
あんたじゃないにしても、あんたが投げかける影なの?
この胸を包む痛みは消えそうになかった。きっと・・明日も明後日も・・・。ずっと消えないで残るだろう・・。もしそうだとしたら・・あたしはもう涼とは話せないんだろうか?
「涼のバカーーーーー!!」
急に叫んだ。どうして悩ませるんだろう。あいつはいつだって頭が上がんない存在だった。あたしだけ追いかけて、あいつは逃げる・・。そんな関係が成り立ちそうだった。あいつ・・あたしに恋してる?ってやつらしいけど、・・恋って何?この痛み?ドキドキ?セツナさ?・・・それとも全部?あぁ・・もう訳わかんないよ!あいつはいつだってあたしをなやませるんだ。
・・・あれ?あたしなんで涼のことばっかり!?さっきから涼の顔が浮かんでは消え、笑い声や笑い顔が頭にこびり付いていた。はがそうと思っても・・・剥がせない。体が拒否する。忘れまいと頭が抵抗する。忘れさせないって身構えてる。会いたい、話したいと、心が貪欲に涼を求めてる。・・・なに・・これ・・。涼に、あたしのめりこんでるの?
だとしたら・・
怖い。
あたしは急にしゃがみ込んだ。叫んで、叫び声が消えないうちにあたしは泣いた。
怖い。はっきりとそう思った。怖い、怖い、怖い。
・・何が・・?
―涼にのめり込んでいく自分が。
変わっていく自分が。拒否する自分が。忘れまいとするように抵抗する自分が。何よりも、貪欲に涼を求める自分自身の心が。―怖くて仕方がなかった。あたし・・もう戻れないの?涼と友達に・・幼馴染に・・犬猿の仲に・・何もなかった今までのように―。
無理だ。
あたしははっきりと悟った。もう無理だ。戻れないよ。もう今となっては・・。抵抗する自分に、変わっていく自分に、貪欲に求める自分自身の心に気づいちゃった・・。あたし自身、無意識でなく涼が欲しいんだ。忘れたくないんだ―。でも・・
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ・・。認めたくない。嘘であって欲しい。一時的なものであって欲しい。すぐに消える、発作であって欲しい。怖い。どうしようもなく怖い。・・何なんだよ・・この気持ち・・。
あたしは、声が枯れるほど泣いた。誰かに聞かれたってかまわない。涼に聞かれたってかまわない。どうしようもなく怖かった。
やめてよ。苦しいよ。かき乱さないで・・この関係を。
涼の事を思ったら、叫び続けてしまう。やめて・・もう。これ以上惑わさないでよぉ・・・。
この時私は気づかなかった。これが、ことの始まりだということを―。
あいつにもう、はまっていて抜け出せないということを。
「凛?」
どの位たったのだろう。目の前には、ナッキーがたっていた。
「あんた、さっきから道にしゃがみ込んで何やってんの?びっくりし・・・」
「ナッキぃ・・・・。」
ナッキーはギョッとしていた。私はついにナッキーにしがみついてまた泣いた。
「涼のバカーーー!!」
声はガラガラだったと思う。目は真っ赤だったろうし、髪は多分ぐしゃぐしゃだった。でも私は、泣くことしか頭になかった。泣くこと意外、何も思いつかなかったんだ・・。
そんな姿のあたしから、ナッキーは何か悟ったんだろう。うちにおいで、と優しく声をかけてくれた。私は、ご厄介になることにした。
「・・はぁ・・。怖い、ね・・。」
ナッキーはココアに一口、口をつけてそういった。肩のほうを見ながら目を斜め下にする。これはナッキーの考えている時の癖だ。
「あんたそれ・・恋だよ。」
ナッキーは徐に切り出した。
「人に溺れていくとか、嵌っていくとか、その人のことばっか考えるって・・恋だよ。・・たとえ意識してなくても」
恋?・・何それ・・。アンタソレコイダヨ、って頭の中で言葉が回っている。このめちゃくちゃな気持ちが・・恋?
「嘘だ」
思わず低い声で言い返した。嘘であって欲しい。そうだといって欲しい。・・認めたくなんてなかった。
「嘘じゃないよ」
ナッキーも応戦する。
「嘘だ。」
「嘘じゃない。」
「嘘だ!!!」
「嘘じゃない!!!」
「嘘だよ・・嘘に決まってんじゃん!こんなごちゃごちゃした気持ち!・・嘘だーーー!」
「凛!」
ナッキーが私の手首を掴んだ。目を真っ直ぐに見た。そらしたくてもそらせない真剣な目・・。何かをつたえようとすがる思い・・。
「あんた、自分の気持ちに嘘付いてる。・・・それにいい加減気づきなよ・・。私はアンタじゃないけど、何で認めたくないか大体は分かる!・・・それは、今までの関係が心地いいからだろう!この友達って言うきれいな関係が気持ちいいからだろう!」