早春賦
夕暮れで、小さく歌う進藤の声と、町並みの向こうに沈む夕陽の光が教室中に満ちていた。
丁寧にプリントを折る進藤の指や、ブレザーの袖口から覗く細い手首だとか、そんなもんも柔らかな夕陽に照らされて橙色に染まって見えた。柔らかな栗色に透ける髪も、穏やかに伏せられた茶色かかった目も。
「――…………」
あの頃は短かった進藤の髪だとか、その肩だとかに、ただ触れる距離だなと。
最初はそう思っただけで、そのことに他意はなかった。
だが、次に作業を続けるその腕を引いて、引き寄せようか、と思って、そうして抱きしめてしまおうかとか、そんなことを考えて、考えて――そんなことを考えているという自分に気がついたとき、思わず唇の端から苦笑が洩れた。
一体何をそんなに思いつめてる、と自分がバカらしくなったが、けれどそう思ったことは本当で、誤魔化しようがなかったと言うことに尚更苦笑いするしかなかった。尤も、思っただけで実際そんなことはしなかったが。
してどうなるんだ、という気持ちのほうがまだ強かった。けれどそうしたいと思ったのは嘘ではなくて、上手くは言えないが、まぁ若気の至りみてぇなもんだったんだろう。
溺れる人間が藁に縋るような気分に近かった。そうしたいと思うぐらいには、多分そのときの俺は弱ってはいた。女なら誰でも良かったとか、そういうわけでは決してなく、少しは甘えても構わないだろうとか、そういう風に思わせてくれたのは、あの頃俺の記憶にある限りでは進藤だけだった。
あの頃の俺と進藤の関係を、何と言えばいいのかなんて知らない。そんなことは、今でもよくわからない。
間に何かは、たしかにあった。だがそれは恋愛、ではなかった。友情、でもなかった。恋愛感情も友情もないのならただの他人と変わらないと、そうは思うのだが、それでも他人ではなかった。
クラスメイト。結局はそんな言葉になるのかもしれない。そんな言葉に収まるようなものでは……少なくとも俺の方は、なかっただろうが。
進藤は、最後の一枚のプリントを丁寧に折ると、「終わった!」と俺を見て晴れやかに笑った。
俺もそれに返してただ笑って、それだけだった。
それだけだった。