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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 ――でも、彼のあの申し出にうなずいたのは「付き合う」ことを嫌だとは思わなかったから。その時、友達でない「付き合い」について、想像が全くよぎらなかったわけではなかったにもかかわらず。

 そして今――彼が住むアパートの部屋にいる。奥の部屋と玄関の間にあるキッチンスペースでコーヒーを入れている彼を視界に入れつつ、私は何をしているんだろうと思いながら。
 探しているソフトがあるのは嘘ではなかったけど、レンタル店に1枚残っているのを見つけた時、しまったと正直思った。自分の部屋でDVDを観られる唯一の機械を、数日前修理に出したところだったから。
 やば、と思った瞬間に「どうかした?」と彼に聞かれて、とっさに取り繕うことができなかった。嘘を思いつけなくて正直に話したら、ならウチで観ていけば、と彼が言ったのだ。
 『――――え?』
 『あ、いやその。次いつ借りられるかわかんないだろ、だったら今借りた方がいいと思うし、……観終わったらちゃんと送る。別に変なこと考えてないから』
 表情は懸命に平静を保とうとしていて、けれど隠しきれない焦りが目と声ににじみ出ていた。自分の発言の重大さがよくわかっていなかったらしい。彼らしくない慌て様が逆におかしくて、反射的に感じた警戒がほとんど消えてしまったぐらいだった。
 けれど、こうやって実際に彼の部屋に上がって、出されたコーヒーを飲んでいて、全く意識せずにいることもできない。彼が無理に何かするとは思わないけど、男子の家(まして一人暮らしの)に行ったことのない私はこの状況だけで緊張するし――彼もなんだか口数が少ない気がするから、いつもは考えずにいることが勝手に頭に浮かんできそうになる。
 ……私はやっぱり、何かを期待しているのだろうか? いや違う、そんなはずがない。形だけは「付き合って」いても、友達であることに変わりはないのだから。
 ローテーブルの脇に、じゅうたん張りの床にじかに座って、無言で向かい合いコーヒーをすすっているこの状況は、変に息苦しい。
 これならさっきの喫茶店に入っていた方がまだよかったんじゃないか、と今さらな上に都合の良すぎる考えが頭をよぎった時、彼がDVDのセッティングを始めてくれたので、やっと息がつけた。
 「音量これぐらいでいい、槇原」
 「……私、めちゃくちゃ泣くよ?」
 「知ってる。別に気にしないから」
 と彼は言ってくれたけど、見たら絶対呆然とするだろう。1度だけ一緒に観た映画は人気刑事ドラマの劇場版で、泣かせるシーンが多かったわけじゃないのにそこそこ泣いてしまった。そんな私が、明らかに泣かせにかかっているテーマの映画なんか観たらどうなるか。
 ……2時間ちょっと後。彼は案の定、あっけに取られた感じで私を見ていた。気配で想像するだけで実際に見たわけではないけど、9割9分そうだろう。とてもじゃないけど彼の方を向くことなんてできない。頭から何かかぶって隠れてしまいたい。
 覚悟していた以上に泣きまくったせいで、顔がひりひりする。その上にまだ涙が湧いてきている。声は抑えていたけど喉も痛い。
 やっぱりこの手の映画は一人で観るべきだった。もしくはなーちゃんレベルの親しい友達と。少なくとも、彼と観るべきじゃなかった。確実に呆れているか困っている。
 そんな思いをさせたことが申し訳ないし、それ以上に恥ずかしくて、顔をできるだけ隠さずにはいられない。
 そんなふうに私自身パニック状態だったから、彼がいったん席を外したことに気づかなかった。肩をそっと叩かれて思わずびくっとしたら、目の前に濡らしたタオルが差し出された。
 意味が一瞬わからなかったのと、気づいてしばしためらっているうちに先を越された。目の縁に押し当てられた冷たい感触に思わず飛びのいた瞬間、彼が急に弱々しい、傷ついたような目になって、自分の反射的行動をすぐに後悔させられる。
 「あ、………………」
 慌ててタオルを手で押さえながらも、ごめんなさい、という言葉がスムーズに出ない。またもや躊躇しているうちに積もった沈黙から、今さら言えない雰囲気ができあがってしまった。
 ――――気まずすぎる。
 私は本当に何をしているんだろう。何がしたいんだろう。
 彼がどんなつもりでいたにせよ、「付き合う」ことを強制されたわけじゃない。選んだのは、決めたのは私だった。それなのに今もわからない、あの時うなずいた自分の気持ちが、彼の誘いを断らない理由が。
 あやふやな気持ちがもどかしくて、結果的に気まずい雰囲気を作り出してしまう自分が嫌で、どうしたらいいのかわからない……
 彼の顔を見ることも言葉で取り繕うこともできず、いまだに止まらない涙がDVDのせいか自分の情けなさのせいかすらもうはっきりしない。握りしめた乾きかけたタオルを、手から外されて頬や目元をこすられて、ファンデーションが落ちてひどいことになっているに違いない顔を上げさせられて。
 「――――――――」
 頭が真っ白になった。
 接近していた顔が、次いで手が離れても何の反応もできなくて、硬い表情で私を見つめる彼がふいに視線をそらしカバンの中身を探る動作の一連を、バカみたいに口を半開きにしたまま眺めている。
 振り返った彼が、さっきと同じように何かを差し出した。その、リボンのかかった小さな包みを受け取るまでにどのぐらいかかったのか――後で思い返したら2分もなかった気がするけど、その時はもっともっと長く感じる時間だったろう。たぶん、彼にとっては。


     ◇


 「あれ、ひょっとして名木沢?」
 と声をかけられたのはサークルの練習帰りの道、自宅最寄り駅に向かう電車の中でだった。振り返ると、見覚えのある顔。
 「……あ、っと。岡谷か」
 「当たり。久しぶりだよな」
 確かに久しぶりである。中学時代、サッカー部内ではわりと親しかったものの、高校は寮のある遠方の名門校へ進んだ岡谷とは卒業以降はたまの電話連絡程度で、会う機会がなかったのだ。
 「ああ、こっち帰ってきてんの?」
 「明日戻るけどな。去年ろくに帰らなかったら正月ぐらい顔見せろって親に泣かれてさ。そっちはこのへんの大学だっけ」
 そこから数分、近況報告が続いた。岡谷は大学でもサッカーを続けていて、大学対抗試合のレギュラーを務めているらしい。
 自分はフットサルのサークルに所属し、次の試合相手が偶然にも中学の部活仲間が所属していることを話すと、話は当時の思い出へと移った。途中、あ、と何かを思い出した顔で岡谷が話題を唐突に変える。
 「そういやおまえさ、彼女と別れたって? そんで中学ん時の女子ソフトの元マネ……何てったっけ名前」
 「槙原」
 「そうそれ。そいつと二股かけてるのがバレて別れたって聞いたけどマジ?」
 「違う、槙原とは前のと別れた後。誰に聞いた?」
 「……ええーっと。いろんな奴から聞かされたからなあ。んだよ、何そんな怒ってんの」
 口元がひきつるのを抑えつつ、言い返す。
 「別に怒ってない」
 「そっかあ? そうは見えねーけど、っと次だ。今度電話するから詳しく教えろよ。番号変わってないよな」