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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 ……私自身がそう気づいたのが高校卒業の少し前だった。それからの半年間は、正直、付き合っていたとは言いがたい状態で、大学が別々になったことを考慮しても、会った回数は本当に少なかった。好きな子が他にできたと別れを切り出される頃には間違いなく、もう無理だと二人とも感じていた、と思う。私も、そして大村くんも、最後に会った時はひどく疲れた顔をしていたから。
 「そんな思い、またお互いにするつもり?」
 「……したくは、ないけど」
 「だったら、――ていうかさ、名木沢がどういうつもりで言ったんだと思ってるの」
 「…………」
 また、言葉を返せなくなった。今度はさっきとは意味合いが違う。わかっていて直視せずにいることと、何度も考えているけどよくわからないこととの違い。
 どうして彼は、あんなことを言ったんだろう。……私のことを友達以上に見ていたとは思えないから、やっぱりその場の勢いだろうか。気持ちに違いはあるにせよ、お互いにひとりになって寂しいのは同じだったから。
 寂しい。本気を返せない付き合いだったにもかかわらず、そんなことを思う自分が意外だった。けれど彼はきっと、あの時本当に寂しかっただろう。お似合いの二人だったし、誰が見ても仲は良かった。
 ……そして、彼は優しいから、理由はどうあれ疲れた顔をしていた私を見て、放っておけなかったのではないかと思う。私への感情の種類に関係なく。
 そう答えると、なーちゃんは「なんと言えばいいかわからない」と極太マジックで書いたような顔で私を見た。その表情は予測していたので、私は平静を保って見返す。心の底には逃げたい気持ちもあったけど。
 「あのさ、ゆうちゃん」
 前置きするように間を置いて、なーちゃんは呼びかけてきた。知り合った最初の頃、私の名前を担任の先生が読み間違えたことから付いた、当時のあだ名で。
 「誰でもいいからすがりたかったのはわかるけど。でも、そういうのはやっぱよくないよ。よけいに傷つくよ」
 「――――うん」
 友達のもっともな言葉にうなずきはした。けれど、付き合うのをやめるとは言わなかった。

 約束した場所に、彼は先に来ていた。私が呼びかける前にこちらに気づいて、くるりと振り返る。浮かんだ表情は嬉しそうな、けれど若干遠慮がちな笑み。
 私も笑顔を返したけれど、きっと彼と同じ程度には引きつっているだろう。自分でもわかる。
 『今日、5限空いてる? 時間あったらどっか行こう』
 昼休みに届いたメールの短い文面を読んだ瞬間、いつもは感じない、小さくないときめきを覚えた。意識しないようにしていても、近づくごとにやはり気にせずにはいられなかった今日、11月19日――私の、そして彼の誕生日。
 その共通点を知ったのは確か小学生の頃。どういう状況だったかは忘れたけど二人で話をしている時に、その話題が出たのだ。同じクラスの顔見知りでしかなかった彼と友達と言える間柄になったのは、それがきっかけだった。
 「ごめんね、4限始まるの遅くて、5分延びちゃって」
 「いいよ、別に。寄りたいとこある?」
 私が首を振ると、じゃ任せてもらっていいかな、とさりげなく彼は続ける。反射的にまたどきっとしたのは考えすぎだろうか、と思うぐらいにその言葉は本当にさりげなくて、意味深な感じは全然しなかった。
 奇妙に安心して、けれど同時に少しがっかりする。こんなふうに、何かを期待しているらしい自分に気づくたび、嫌だな、と思う。
 前より格段に、彼と会う頻度は増えた。けれどいまだに「付き合っている」という実感は薄い。時間の都合が付く限りお昼は一緒に食べる。週に1度は、今みたいに講義やサークルの後で待ち合わせてどこかに行く。彼のフットサルサークルは土日も練習の場合が多いけど、月に2回は休みもあるから会えないわけじゃない。とはいえ、「付き合う」ようになって1ヶ月過ぎたところだから、休日に会ったのはまだ1度だけ。
 ……友達の延長、としか思えないのはその点も一因かもしれない。だけど本当のところは。
 「ここでいい?」
 彼の声ではっと我に返る。
 大学の最寄り駅前、小さいけれど雰囲気のおしゃれな喫茶店の前にいた。普段はファーストフードとかの気軽な店が多くて、こんなふうにちょっと、大人びた感じの店には入ったことがない。いつも使う大通りからは離れているから、店の存在も知らなかった。
 急に足がぴたりと止まって、動かせなくなる。付いて入ろうとしない私を振り返り、彼が「何?」と尋ねてくる。その顔を、どうしてだかまともに見られない。
 「――――あ、あの。用事、レンタル」
 「?」
 「あそこのレンタル屋、先に寄っていい?」
 指差したのは大通りの方向、路地の隙間から少しだけ看板が見える、DVDやCDの大手レンタル店。
 ここまで来る時に通り過ぎてきたのだから今の台詞はかなり不自然だ。わかっていたけど、用事があったのを思い出したふうを必死に装って言葉を続ける。
 「最近出たソフト、どこ探してもなくて。あそこなら1枚ぐらいないかと思って」
 言いながら、ますます不自然な気がしてくる。自分で思うのだから彼はもっとそう感じているに違いない。
 実際、訝しんでいるだろう間がたっぷりとあった。少なくとも私には長く感じられた沈黙が。ずっと目線を落としていたから彼がその間どんな表情をしていたかはわからない。けれど「わかった」という返答と、そう言われると同時に顔を上げて見た彼の表情は、普段と変わらず穏やかだった。
 それがかえって、本心を抑えているように見えて申し訳なくなる。ごめんなさい、とつぶやいた私に「いいから」と返し、自分の右手を私の左手に伸ばしてゆるく握った。
 反射的に起こる緊張を抑えようとはするけど、どうしても少しはこわばってしまう。同時に、頭に血が上ってきて頬が熱くなる。
 ――ああもう、何をやっているんだろう私は。
 友達以上には思っていない。なーちゃんに言った通り、今でもお互いにそうだと思っている。なのにこうやって触れられる、あるいは触れ合うことのあるたび、体は勝手に緊張して顔には血が上る。「付き合う」前は、時にこんなことがあっても平気でいられたはずなのに。
 むしろ楽だし、心地いいと思える時さえある。……大村くんと付き合った2年間は、ずっとむやみに緊張していたわけではなかったけど、最後まで肩の力が抜けきらなかった気はする。つまりは心を許しきれなかった、そこまで好きにはなれなかったということなんだろう。
 だからと言って、彼に心を許しきっているわけでもない、と思う。何年も友達ではいたけど、他の子をまじえて遊びに行くとか、もちろん二人だけで出かけたことなど無いに等しく(例外は今年の始め、自由登校初日の偶然ぐらいだ)、彼のことをよく知っているとはとても言えない。
 彼と「付き合っている」ことを意識せずにいられる状況下では平気でも、思い出させられた途端に落ち着かない気分に、時には逃げ出したいような気持ちになってしまう。