小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

evergreen/エバーグリーン

INDEX|5ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 今日たまたま、正門近くで出くわした時から、彼女の顔色は良いとは言えなかった。あまり眠っていないか食べていないか、もしくはその両方か。時折、若干だがふらつく足取りからもそう思える。
 「……ごめんなさい」
 かなり小さい声だったが、2時限目終了前で周りに人が少なかったため、はっきり耳に届いた。
 なんで謝んの、と言いかけたところで彼女がまた足をよろめかせた。今度は結構ふらつきが大きかったので、いったん立ち止まり、腕を取ることで彼女を支える。本当は背中に直接腕を回したかったけど、さすがに今ではいきなりすぎると考え直した。
 彼女は少し身を固くしたものの、何も言わず、そのままで自分に付き従って歩いた。

 彼女と二人で、差し向かいで食事をするのは2度目だ。
 1度目は今年の初め、高校が自由登校になった初日。あれが初デートだったよなと個人的には思っているが、彼女はおそらくそう捉えていない。自由登校と知らずに出てきたから時間を持て余しそうになった。そのタイミングでたまたま朝に行き会って、映画に誘われたから一緒に行った、程度の認識だろう。ましてや、その日に自分が彼女への想いに気づいたなどとは、想像もしないに違いない。
 まあ自分の気持ちはともかく、彼女にとっての自分は、しつこいようだが友人でしかなかった。それに、当時はあいつと付き合っていたし――
 向かいに座る彼女を観察する。
 昼休み開始前に来たおかげで、2人分の席は苦労せずに確保できた。メニューを取って戻ってきた頃には一転して混み合っていたから、結構きわどいタイミングだったと思う。
 彼女の前に置かれているのは、果物を挟んだ薄いサンドイッチと、ゼリーらしき白いもの。中には高いメニューもあるけど学食だから400円〜500円台のものが中心で、日替わり定食も「今月のおすすめ」もその範疇に入る。なのに。
 「そんなんで足りるの、槇原。遠慮してるんだったら」
 「そうじゃないよ、……ちょっと、あんまり寝てないから食欲なくて」
 言いにくそうな彼女の口調に、昨日まで彼女と付き合っていた人物の顔が脳裏に浮かんだ。
 ――高校で、2年の時に同級だった大村。野球部の副主将だったから運動部の幹部会でよく見かけた。彼女にとっては1年でのクラスメイトで、幹部仲間だったから、他の男子よりは話す機会もあっただろう。
 一見では目立つタイプではなく、普段はおとなしすぎるぐらいに控えめな奴だった。知らなければ誰も運動部幹部と思わなかったろうが、意志の弱い人間ではなかった。彼女とはそういう意味では似た者同士で、そのへんが、付き合いにつながるきっかけだったのかもしれない。
 大村と付き合い始めてからの彼女は、あからさまにではないが、それ以前よりも笑顔を見せる機会が増えていたように思う。あくまでも自分が見ていた限りではあるけれど、二人の付き合いはふた昔ぐらい前の高校生みたいな初々しさで、だが幸せそうに映った。
 だから、そうやって2年以上続いてきた相手と別れることになった彼女のショックは、想像のみでも理解はできる。……自分はとっくに予想していたし実際のショックも無きに等しかったから、本当に想像でしかないけれど。
 しかし、疲れた表情でぼそぼそとサンドイッチを口に運ぶ彼女を見ているだけで、衝撃の具合はわかろうというものだ。それだけあいつのことが好きだったんだろう、と考えると胸の奥からじわじわと、あまり愉快でない種類の感情が湧き上がってくる。
 気づかれないよう深呼吸をして、その感情が表に出ないように抑えた。それから彼女をもう一度見て、一時停止していた箸をさっと動かした。
 「え?」
 目を丸くする彼女。視線の先には、たった今自分の皿から移動させた一口サイズの牛カツ。その一切れと、こちらの顔を彼女は交互に見つめた。
 「せめて、それぐらい食べとけよ。午後も講義あるだろ」
 と言ってから、しまったと思う。サンドイッチだから彼女は箸を使っていない。ゼリーに添えてあるのは小さなスプーンだ。自分の箸を貸すのはかまわないが彼女が気にするだろう。そして手の届く範囲に割り箸を入れた容器はない。
 ……どうしよう、とお互いに思っているに違いない微妙な沈黙が下りる。彼女は困っているだろうし、自分はといえばかなり焦ってきた。いっそ取り戻した方がいいかもと考えかけた時、彼女がスプーンを手に取った。サンドイッチパンの片側をめくり、具を一方に寄せている。
 どうするのかと見ているうちに、彼女は小さなスプーンで器用にカツをすくい、パンの空けた部分に乗せた。そして慎重にはさみ直す。
 ぱく、と一口かじった。
 「……あ、結構おいしいかも」
 つぶやくように言って目を上げた彼女は、こちらと視線が合った瞬間、小さく笑う。
 今日初めて見る、彼女の笑顔。
 「え、そ――そう?」
 ひっくり返りそうな声を懸命に抑えたが、完全にはごまかせなかった気がする。彼女の行動が意外だったり、甘いサンドイッチで味的にどうなのかと思ったりしたところに笑みを向けられて、予想以上に動揺した。
 その上に「うん、わりと。ありがとう」と続けて言われてしまっては、正直どうしたらいいのか。
 有り体に言えば非常に照れくさい。ものすごく嬉しいけれど、それを表すのはやっぱり照れくさくて、結局は普段の表情を保つことしかできない。
 「いや、別に……」
 彼女がせっかく言ってくれたお礼にも、そんな言葉しか返せない。愛想がなさすぎる。声もなんだか平坦だし、聞きようによってはどうでもよさそうに思われてしまうではないか。せめて何かあと一言、気にするなとか、食べられたならよかったとか、ともかく何か言えよと自分自身を焚き付けながらも、結局それ以上口にできないままに、彼女は食事を終えてしまった。紙ナフキンで唇を拭いて、腕時計を見る。
 「あ、そろそろ行かなくちゃ」
 と彼女が言ったので慌てて自分の携帯を見たら、12時40分。3限まではあと20分ある。
 「3限、講義? けどまだ時間」
 「ん、でも一号館だし、小テストあるからノート見直ししときたくて」
 一号館とは構内の一番奥にある講義棟で、学食のある学生会館からだと歩いて6分か7分。小テストの勉強を直前までやりたいのなら、確かに早すぎることはない時間だ。
 「なら、あと2分待って」
 言いおいて、彼女の返事を待たずに食事を猛スピードで再開した。半分近く残っていた日替わりミニカツ定食を、1分半で食べ終える。お茶を飲み干した湯呑みをテーブルに置いた時、彼女はぽかんとした顔でこちらを見ていた。
 「……すごい、食べるの早いんだ」
 「まあ、めったにやらないけど、たまに」
 感心と呆気に取られた気持ちが半々、といった声音の感想に、そう答える。彼女は知らない、というより覚えていないかもしれないが、昔はほぼ毎日、クラスで給食を一番に終える早食いだった。家でもそうだったから親によく怒られたものだ。中学以降は意識してゆっくり食べるように習慣を変えたが、昔並みの早食いも可能で、けっこう役に立っている。たとえば、今みたいな場合に。