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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 「入ってるサークルが忙しいなら、空いてる時だけでもいいんだけど。あたしが就活で来られない間、槙原さんだったら安心して頼めそうだなって思って。なんなら、新入生が定着するまでのつなぎでもいいから」
 ――15分後、着替えた彼が再び、私を呼びに来た。その頃には話は終わっていて、飯田さんは入れ違いにサークルの部屋へ戻っていったところだった。
 「何の話されたの?」
 当然ながらそう聞かれた。前半部分はやはり言いづらいから、後半だけにしておこうと思い、少し間を置いて口を開く。
 「よかったら次からも手伝いに来てほしい、って」
 へえ、と少し驚いた、かつ嬉しさ混じりの声で彼は反応した。顔にも喜びが浮かんだ、と思ったらすぐに引っ込んで、心配そうな表情に取って代わる。
 「あ、けど友美はどうだった? 今日来てみて。あの人の手伝い、大変じゃなかったか」
 「……ううん、別に。裏方仕事やっぱり好きだし、練習試合も見られてよかったし。都合がつけばまた来たいなって思うよ」
 会話のあれこれを思い出してまたちょっと間が空いたけど、彼は特に不審に思わなかったようだ。何も言及せず、再び嬉しそうな顔を見せる。
 「そっか。……なんか、妙に友美のこと興味があったみたいでさ、飯田さん。ちょっと心配だったから。友美が気にならないんなら、好きな時に手伝いにきてくれたら――なに、どうかした?」
 「あ、ごめん。なんでもない」
 嬉しそうにしゃべる彼の顔を、ついぼーっと見つめてしまっていた。
 正直、彼とこうしていることが信じられない瞬間が、いまだに時々ある。小学校から一緒でそれなりに話す間柄ではあったけど、10年近い年月、友達でいた。そんな相手だし、1年ほどはだいぶぎこちなかったから、付き合ってけっこう経つわりには現実味が薄いのかもしれない。
 そういえばこんなふうに、彼を見上げていてぼんやりしていたことがあったな、とふと思い出した。……確か、去年の夏。お互い実家に帰っていて、市内の夏祭りに行った時。
 あの頃はぎこちなさ、というか彼と付き合っていることが信じられない、そういう感情が一番強かった時期だ。不安感をもてあまして、言いたいことも聞きたいこともうまく口にはできなくて。
 いっそ別れた方がお互いのためなんじゃないか、と考えた時もあった。けれどそうしなくて、そうならなくてよかったと、今は心から思える。
 すぐ横にある彼の手を、自分から握った。私はそういうことを普段しないので、小首をかしげて私を見る彼の目が少し見開かれる。まばたきを繰り返す彼を見つめ返すと、自然と笑みが浮かんだ。
 しばし後、彼の表情も微笑みに変わる。同時にやわらかく手が握り返された。
 こんなふうに、穏やかな気持ちで彼のそばにいられることが、本当に幸せだと感じる。できることならいつまでも、こうやって手をつないでいたい。手の届くところに存在を感じていられる、そういう関係でいたい。
 ずっとこんなふうに過ごせますようにと、構内を正門の方へ歩いていきながら、彼の手の温もりを握りしめながらひそかに祈った。


     ◇


 「……槙原、俺と付き合う?」
 そう言った瞬間、彼女は顔を上げてこちらを見、きょとんとした表情を浮かべた。
 大学に入学した年の10月。2ヶ月の夏休みが終わって後期が始まったばかりの、大学構内。
 3秒ほど経つと、今度は驚きで表情を変化させて、目を見張った。その後、結構長いこと、互いに無言の状態が続いた。
 彼女が驚くのも、言葉を返せないでいるのも無理はなかった。その時まで自分たちは、単なる友人同士だったのだから――少なくとも彼女の認識は間違いなくそうだったろう。
 小学校から大学まで同じ学校で、何度か同じクラスにもなった。約10年の間、いい意味で異性としての意識を持たないでいられる間柄。自分自身、ある時点まではそんなふうに思っていたのだ。
 加えて二人とも、高校の頃から付き合っている相手がいた――昨日までは。
 まさに直前まで、別れたばかりだという話を、互いに打ち明けていたところだった。
 「…………え?」
 長い間の後、彼女の口はそう動いた。声には少しも出なかったが、だからこそ、彼女の戸惑いがよく伝わってくる。
 しかし、今さら冗談だと取り繕うつもりはない。冗談などではなく、本気だから。
 今の話の流れで口にしてしまったことを、まずかったかも、と全く感じていないわけではない。だが彼女が元カレ、自分も知っているかつての同級生と別れたと聞いて、今しかないと思ってしまった。
 今言わなければ彼女を手に入れる機会は来ないかもしれない。衝動的にそういう感情が湧いて、想いを言葉に変換していた。
 冗談では絶対にないし、その場の勢いだけでもない。それだけはわかってほしくて、視線をそらすことなく、彼女の目を見つめ続けた。
 やがて、彼女の方から目を伏せて視線をはずした。表情には出ていないが、やや青ざめた顔は困っているように見える。……それで当然だ。
 当然だと思いつつも、そこで少し、気持ちの勢いが治まって弱気が頭をもたげた。覚悟はしたつもりでも、否定の言葉を聞くのはやはり怖い。ただ断られるだけならともかく、彼女が自分を迷惑だと思うようになったりしたら――
 「いいよ」
 発された言葉を、すぐには理解できなかった。音を認識してから意味を考えて、はっと彼女を凝視する。
 「えっ?」
 後々、何度思い返しても、応じたその声は間が抜けていた。
 「……それって、OKってこと?」
 問い返しもバカみたいだった、と思う。だが、そう聞かずにはいられなかった。
 自分の声に反応していったんは目を上げたものの、彼女は再び視線を落として黙っている。
 ……先ほど一瞬だけ合った彼女の目には、当惑が確実に浮かんでいた。今、唇を引き結んで速いまばたきを繰り返す様子からも、同じ感情が伝わってくる。
 期待と不安が、これ以上ないほどにぐちゃぐちゃに混ぜ合わされたような心地。
 心臓が押しつぶされそうに苦しくて、口の中が乾く。苦労して唾を飲み込んでから、勇気を振り絞ってもう一度問うた。
 「俺と、付き合っていいの?」
 3度目に、彼女は緊張した面持ちで、だが確かにうなずいた。うなずいてくれた。
 それを認めた途端、今度は心臓から全身に、そして指先に至るまで一瞬で熱が走り抜ける。知らず始まった体の震えをごまかすため、ベンチから立ち上がった。直前に握った彼女の手を引き、歩き出す。
 思ったよりも小さくて細い手からは、当たり前だが困惑が伝わってくる。それを隠さない表情の彼女を振り返り、歩みは緩めつつも止めないままで「じゃあ」と切り出した。
 「とりあえずなんか食いに行こう。もうすぐ昼だし」
 「……………」
 「あ、もしかして何か持ってきてる?」
 「え。……ううん、何も」
 「なら、学食でいい? おごるから」
 「あの、名木沢くん、手」
 「顔色あんま良くない。ちゃんと食ってきた?」
 彼女が訴えようとした台詞をさえぎって言うと、彼女は三たび視線を落とし、空いている方の手を顔に当てる。どことなく気まずそうな表情だ。手を離したくなくて口に出したことだが、嘘ではない。