小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

evergreen/エバーグリーン

INDEX|3ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 通称で学館、つまり学生会館は旧館と新館の2つがあって、両方に食堂がある。旧館にはそれに加えて、食堂前に広い休憩スペースが設置されている。今日は日曜だから食堂は休みだけど、休憩スペースは開放されているかもしれない。たぶん彼はそう思ったのだろう。
 でもひょっとしたら閉まっているかも、という危惧をこめて彼を見上げたらすぐに察知したらしく、微笑みながら「大丈夫、日曜も開いてるから」と言った。私がうなずくと、彼はますます笑みを深める。
 「な、今日なに作ってきたの」
 「ん、サンドイッチ。ハムチーズとたまごサラダとツナレタスにしたけど、よかった?」
 「充分充分。あっ、熱い茶とか買ってく?」
 いつもの、他愛のない会話の調子を取り戻すうちに、先ほどまでのさまざまな動揺は、心の隅に押しやることができた。

 笛の音で、はっと我に返る。試合終了と気づくのにしばらくかかった。
 彼を含めたチームの人たちが、手を叩き合って喜んでいる。ああ、勝ったんだ。そう思った瞬間、肩の力が一気に抜けた。肩と背中のだるさに、どれだけ自分が気を張って見ていたのか、その時気づいた。
 「お疲れさま」
 その声に隣を振り向くと、飯田さんが微笑んでいた。手にしているものを見て、はっと膝に目をやると、広げていたノートがない。
 「スコアブック、途中からは付けたから」
 「あ……すみません、私ってば」
 「いいって。そもそも、あたしの仕事なんだから」
 にこにこと笑う表情や口調からは嫌味も皮肉も感じられないけど、やっぱり恐縮する。『やってみる?』と唐突に言われて戸惑ったものの、最終的には自分で引き受けた役目だったのだから。
 「ほんとにすみません。つい、試合に見入っちゃって」
 「そうねぇ、今日はみんな気合い入ってたわね。まぁ一番張り切ってたのは名木沢だと思うけど」
 「……そうですか?」
 「そりゃね、彼女が来てるんだもの。普通は張り切るでしょ」
 と言う飯田さんの声には、からかいの調子は少し含まれていたけど、試合前の時のようなあからさまな好奇心は感じられない。
 昼の休憩後、あんなことを聞かれた後で顔を合わせるのは非常に気まずくて、どうしようかと思った。けれど当の本人はそんな質問をしたことなど忘れたかのような態度を示して、かえって首を傾げてしまったほどだ。
 彼が言うほどに癖のある人とは思わないものの、発言が唐突という点にはうなずける。
 ――ただ、こんなふうに妙に親しみをこめた目で見られる理由は、見当がつかない。最初のような好奇心ならまだわかるけど。
 ベンチから立ち上がり、荷物を片付けながら飯田さんは、今度は妙に感心したような口調で「にしても」と切り出した。
 「ほんとに真面目ねぇ、槙原さんて。噂には聞いてたけど」
 「……噂、ですか?」
 片づけを手伝いつつ聞き返した私に、飯田さんは微笑んだままうなずく。
 「ほら、名木沢ってああでしょ。だから本人だけが噂になるわけじゃないのよね」
 ああ、というのはつまり、彼が非常に目立つ人だという意味だろう。それはわかる。中学高校と彼は、常に男女を問わず人気者だった。勉強もスポーツもよくできたけどそれを鼻にかける人ではなくて、誰にでも気さくで親切な上、見た目もよかったから当然だ。
 ……けれど、私自身が噂の種になるとは考えたことがなかった。いくら彼と付き合っているとはいっても、彼に比べれば私なんか地味な人間だし、たとえ噂にしたくてもするネタがないだろうに。
 心の底から不思議に思ったので、わりとストレートにそう口にする。と、ほとんど間髪入れずに飯田さんは吹き出した。本当におかしそうな声に私が慌てると、ごめんごめん、と言いながら首と手のひらを横に振る。
 「ごめんね。言ったことがおかしかったわけじゃないの、ただ……なんていうか、可愛いなぁって」
 そこに、後ろから声がかかった。彼が私を呼びに来たのだが、飯田さんが「ちょっと話したいことあるから、彼女借りてていい?」と言い出したため、彼は先に着替えに行ったらしい。「らしい」というのは、その様子を私は見ておらず、背中で会話を聞いただけだったから。――振り返れなかったのだ。言われた言葉に呆然としてしまって。
 「どうしたの、変な顔しちゃって」
 「え、……あの、えっと」
 うろたえて返す言葉を思いつけない私に、飯田さんは手招きをした。再びベンチに腰を下ろしながら。応じて私が座ると、おもむろに顔を寄せてくる。反射的に朝の会話を思い出して、緊張した。
 「あたしね、実は好きだったの」
 一瞬きょとんとしてから、彼のことだと気づく。ほんの少し驚いたものの、意外でも何でもないことだ。と思うと同時に、別の意味で緊張する。……何を、言いたいのだろう。
 「あたしの方が年上だけど、そんなの好きになったら関係ないしね。それにあんまり年下っぽくない奴だし。ま、彼女がいるのに無理にどうこうしようとまでは思わなかったんだけど」
 そこで言葉を切って、何かを思い出すような目をする。
 「一昨年の後期が始まった頃だっけ。名木沢が彼女と別れたって聞いたから、なら堂々とアプローチできるなって思ったのに、すぐに次の彼女ができたって聞かされてさ。けっこうショックだったなぁ」
 「………」
 「あ、そんな複雑そうな顔しないでね。今はただの後輩だから。まぁしばらくはちょっと引きずったし、初めて槇原さんを見た時、すごい地味な子だって、悪いけど正直思った。でもね」
 私が妙な表情を浮かべかけたのに気づいてか、飯田さんは機先を制するように少し早口になった。
 「最初に言っとくけど、社交辞令やお世辞はあたしは好きじゃないの。だから本気で言うんだけど、なんで槇原さんなのか、今日会ってみてわかった。すごく可愛いものね」
 誰が見ても美人に違いない女性に、2回も続けて「可愛い」と言われても信じにくい。けれど、飯田さんは微笑みながらも真剣な目で、真面目に言っているようだ。
 「――どこがですか? こんな平凡な顔なのに」
 「顔かたちの話じゃなくて。あ、顔だって普通に可愛いけどそれよりも中身、性格がね。すごく真面目だけど堅苦しくないし、好感が持てると思うの。今日だって、こっちがびっくりするぐらい何でも引き受けてくれたでしょ」
 「え、だってお手伝いに来てるんですから、そんなの当たり前じゃ」
 「そうだけど。でもこんなに一生懸命やってくれるなんて思わなかった。そういうところがいいんだと思うな、名木沢も」
 ただでさえほてりかけていた頬が、彼の名前を出されていよいよ熱くなった。自分の真面目さは自覚しているけど、私自身は特別良いようにとらえたことはない。長所と言えるかもしれないけど間違いなく短所でもある、昔からそう思っているから。
 ……だから、彼に言われてもそうなのだけど、こんなふうに買いかぶられてしまうと非常に照れくさい。かろうじて「そんなことないです」と返すのが精一杯だ。
 私の反応に、飯田さんはまた微笑む。
 「謙虚ねぇ。ところで、もしよかったら、次もまた来てほしいんだけど。ていうか、うちに入る気ない?」
 「えっ」