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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 日曜は朝から晴れて、大学に着く頃には、だいぶ空気も暖かくなっていた。正門で学生証を見せて通るのも、こんなに人が少ない日に大学へ来るのも初めてだ。平日と違う雰囲気にわくわくする気持ちが後押しされて、構内を奥へと進む歩みも早くなる。
 講堂を兼ねた総合体育館は大学の一番奥にある。中に入って二階に上がり、聞いていた番号の扉を開けると、見覚えのあるユニフォームを着た人たちが何人か、ストレッチや軽いランニングをしていた。その中の一人が彼なのは、彼が振り返る前からわかっていた。着替えと準備があるからと、今日は現地集合の約束だった。
 振り返った彼が笑い、大きく手を振りながらこちらへ走ってくる。おはよう、とお互いに言い合ってから、
 「早かったな、ここ、すぐにわかった?」
 「うん、体育の講義で来たことあるから」
 「あ、そっか。教職の必修であるんだっけ」
 と話しているうちに、彼の後ろに他の部員が集まってきていた。全員、一様ににやにやと、興味深そうな笑みを浮かべている。
 「名木沢、今日こそちゃんと紹介しろよ」
 一人が肘で彼を小突きながら言う言葉に、他の人たちは同意の表情とともに深くうなずいた。試合を見に行った際に顔は合わせている人もいるけど、いつも会釈程度で済ませてしまっていたのは確かだ。……とはいえ、悪意は感じないものの、こうも好奇心いっぱいの目で見られるのは居心地が悪い。彼も少し困っている様子だったから、先に名乗ってしまおうと思った。
 「あの、槇原友美です。今日はよろしくお願いします」
 早口で言ってお辞儀をすると、一瞬静かになった。頭を上げた時には、周りの表情から好奇心がほんの少し減っていた、ような気がする。安心したのも束の間、突然、拍手の波に包まれてしまった。うろたえる私に、最初に拍手したとおぼしき人が「こちらこそよろしく」と返してきた。
 「……えっと、飯田さんどこいるっけ」
 彼が照れの混じった声で周りに尋ねた時、他の部員のさらに後ろから近づいてきた人が姿を現した。顔いっぱいに笑みを浮かべたその人は、記憶にある顔よりも美人だ。
 「名木沢、彼女がそう?」
 と聞きはしたが、確信しているのか彼の答えは待たずにこちらを向いた。さっきまでの流れを見聞きしていたのかもしれない。
 「こんにちは、飯田菜穂子です。さっそくだけど、いいかな」
 と手招きされたので、彼を振り向き、うなずき合ってからその女性――飯田さんに付いていく。
 壁沿いに進んだ先の隅にはベンチがあり、その上に高さの低いダンボール箱、横にクリーニング店のマーク入りの大きな袋がそれぞれ2つずつ。それらを指しながら飯田さんが言う。
 「こっちの飲み物、2本ずつで人数分、この袋に入れてってくれる? それとこっち、中のタオルを出して全部たたんでほしいんだけど」
 「わかりました」
 束で手渡されたビニール袋にスポーツドリンクとお茶を振り分け、大量のタオルを持ちやすい大きさにたたんでいく。そうしているとマネージャー時代を思い出して懐かしくなり、同時に集中力が高まっていくのも感じられた。次々に指示される雑務を、特に疑問も面倒も感じずに引き受けている自分は、根っから裏方な性分なのかもしれない。彼の体育会系気質をからかえないな、とふと思った。
 気づいた時にはすでにお昼近くで、部員の人たちはトレーニングを終えて休憩に入ろうとしていた。模擬試合は昼休憩の後と聞いている。
 「お疲れさま、はい」
 と横から差し出されたのは、さっき分けたのと同じお茶。何気なく受け取った瞬間、缶が温かいことに驚く。
 「ずっと座ってたから寒いでしょ。ちょっと冷えてきたし」
 言われて初めて、足下がひんやりすることに気づいた。休日だからか、あまり暖房は利かせていないようだ。
 「ほんとですね。ありがとうございます、いただきます」
 「お昼は何か買ってきた?」
 「はい、お弁当作ってきました」
 「ああそうか。……ねぇ、槇原さん」
 手にした缶の紅茶を一口飲む間を空けてから、飯田さんが唐突に顔を近づけてきて、声を潜めた。私を見る目には強い好奇心が浮かんでいる。
 「名木沢と付き合って、1年、と5ヶ月ぐらいなのよね?」
 「え? そう、ですけど」
 なんでそんな細かく知っているんだろう。他の部員の人と同じく、この人にも最初から興味ありげに見られてはいた。けれどにわかにその興味を前面に押し出してきた、そんな雰囲気にやや身構えながら再びお茶の缶に口をつけた時。
 「何回ぐらい寝た?」
 思い切りお茶にむせた。飲み込もうとした時だったから勢いで気管と鼻にまで入り、呼吸困難になってしまった。両手で口を押さえて咳き込む私に、追い打ちをかけるように横から言葉が続けられる。
 「名木沢ってすごい人当たり良くてソフトだけど、ベッドでもそうなのかな。それとも意外に激しかったりする?」
 潜めた声でも、妙に楽しそうな声音であるのはわかる。やっと息が落ち着いてから顔を上げると、やはり飯田さんはにやにやと、ものすごく楽しそうな笑みを浮かべていた。
 なんと答えを返せばいいのかわからない。というよりも、返しようがない。……彼は、そういう時でも基本的には優しいし無理強いもしない。けれど感情が高ぶってくると、普段の彼からは想像しにくいような強引な一面を見せる時もある。一昨日の夜、2回目の時はまさにそうで、1回目よりも激しかった。
 だけど、そんなことを他人に、ましてや今日知り合ったばかりの人に、言えるわけがない。どうにも答えられなくて表情を引きつらせ、同時に心の中ではこの上なく焦っていると、コートの方から私を呼ぶ声がした。思わず振り向くと、彼がこちらに歩いてきながら手を振っている。
 助かった、と心の底から思った。けれどすぐに、違う意味で、焦る気持ちが少しよみがえる。
 「じゃあ、1時まで休憩だから。午後もよろしくね」
 彼がたどり着くのとほぼ同時に、飯田さんはそう言いながらすっと立ち上がる。そしてあっさりとどこかへ、室内コートの外へと早足で出ていった。
 「弁当どこで食う? ……なに、友美。顔赤いけど」
 ひょっとして熱あんの、とごく自然に額に当てられた手に、反射的にびくりとした。
 「あれ、マジでちょっと熱いかも――って大丈夫か? なんかふらふらしてんぞ」
 「だ、だいじょぶ。なんでもない」
 「なんでもないって顔じゃないだろ。風邪引いたんじゃないのか」
 「ほんとに、大丈夫だから。寒気とかしてないし。たぶん冷えのぼせだと思う」
 一昨日の夜のことをリアルに思い出した、なんてさすがに言えないから必死にごまかした。声がひっくり返らないように努力したけど、若干のうわずりは抑えきれない。
 だから、どこまで言葉通りに受け取ってもらえたかはわからないが、微妙な間を置きつつもなんとか、彼は納得の反応を示してくれた。
 「そう? ならまあいいけど。で、どこで食おうか。旧学館行く?」