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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 「へっ、なんで?」
 心底不思議そうな声音が癪にさわる。
 「別にいいだろ、そんなの」
 ほんの二つ前とほぼ同じ答えなのに、口にする自分の感情は正反対に近い。頭だけでなく、心まで冷える感覚。
 「なに、もしかして焦らされてんの。意外にもったいつける女なんだな」
 その言い方に、彼女を貶める響きを聞き取って、冷えた心に一瞬強い熱が点される。
 「槇原のせいじゃない。……そういうこと無理強いしたくないだけで」
 「……よくわかんないんだけど」
 だろうな、と自分でも思う。説明してもきっと理解されないだろうし、そもそも説明できる気がしない。言えば言うほど、自分の不甲斐なさを進んでさらけ出すことになる。
 原因は彼女じゃなくて、自分自身にある。わかっていながら結局、何もできていないのだ、これだけ時間が経っても。
 「おーい、もしもし?」
 「……悪いけど、その話これ以上つっこまないでくれるか。あんまりいろいろ言いたくない」
 当然だろうが、相手は「え、……」と困惑した反応を見せた。たいして長くもない沈黙はひどく重く、その間に何をどう想像されているのか、気が気でなかった。どの方向に考えてもろくなことは思い浮かばなかったが、口を滑らせた自分が悪いのだ。
「わかった」と最終的に相手は引いてくれたものの、安心できたのはほんのわずかでしかなかった。「よくわかんないけど、まあがんばれよ」とのコメントに返しようがなく、ろくな返事もできずに通話を終える羽目になった。
 通話ボタンを切った後、肩の力は抜けたが重みは増したように思える。これからもう一人に電話する気には――間違いなく振られるであろう、同じ話を繰り返す気にはとてもなれない。絶対に反応も同じだろうから。……今、自分が電話しないとしてもどうせ、遠からず確実に話は伝わってしまうだろうけど。つくづく、聞かれたからとはいえ、よけいなことを言ってしまったものだと思う。
 そもそも気が重い理由の大半は、相手のせいではなくて、自分自身にあるのだが。
 あの時の彼女の表情と、なかなか止まらなかった涙の意味を考えれば考えるほど、その重みが、肩だけでなく全身にのしかかかってくるのだ。

 彼女とはあの後、ほとんど話すこともなく別れてしまった。どうにか彼女が泣きやんでから、まだ痛む様子の足取りに合わせてゆっくり歩き、家の近くまで送っていった。本当は家のすぐ前まで行きたかったしそう言ったけれど、彼女が最後まで首を振り続けたので遠慮するしかなかった。
 『……今日は、友達と行くって言ってきたから』
 別れ際にぽつりと、つぶやくように彼女が口にした言葉。言いたくはないけどしかたなく、といったふうに。
 反射的に納得しかけて、一瞬のちにぽかんとした。しているうちに、足を少しひきずりながらも早足で、彼女は自宅の方角へ姿を消した。

 この10ヶ月、いったい何をしてきたのか。
 ーー自分はいったい、どうしたいのか。
 そんなことを今さら考えている自分は、バカを通り越してむしろ滑稽かもしれない。
 彼女に何も無理強いしていないと言いながら、付き合ってもらっている現状こそが、彼女に無理をさせているんじゃないのか。当初から薄々思っていたことを、今日ほど強く実感させられた時はなかった。
 時折彼女が見せる辛そうな表情。何度目にしても慣れるものではなく、気づかないふりはできてもそのたび記憶に刻まれる。その上にため息が付いてきてしまっては、気づかないふりさえも難しかった。
 彼女を困らせたいわけじゃない。ましてや辛い思いをさせるつもりは決してないのに、現実には全くの正反対になっている。いまだに彼女が、周囲の一部から妙なちょっかいをかけられるらしいこと、彼女がそれに強い態度で対することができていないらしいのも耳にしている。
 普段の彼女は、一見おとなしいし実際穏やかな性質だけど、意見がある時に遠慮するタイプではない。高校の頃も、運動部の幹部会では女子ソフト部のマネージャーとして、数多くはなかったけれど的確な、時には手厳しい意見や提案をしていた。そのせいで一部男子の間では敬遠される空気も生まれたほどである。
 その彼女が、よけいなことを言ってくる相手に対してきちんと言葉を返せないらしい事実は、つまり何も言えることがないのではないか……彼女が自分との付き合いを心底受け入れていない、ということに他ならないのではないのか。

 その可能性を、全く考えたことがなかったと言えば嘘になる。打ち解けきらない彼女の態度を、単なる知り合いから切り替わった関係に対して戸惑っていると解釈するには、さすがに時間が経ちすぎているから。
 けれど、できればその事実は無視していたかった。彼女が普通よりもずっと緊張しやすいだけだと、照れているだけなのだと思っていたかった。今でさえ、そう思っていたいと往生際悪く考えているほどだ。
 最初のうちは、自分のその解釈も間違っていなかったかもしれない。申し込みが唐突だったのは自覚しているし、彼女が自分を特別に意識していなかったのも間違いないだろうから。だがこれだけ時間が経っても彼女が、今の付き合いに消極的というか、臆病にさえ見える理由はーー彼女の気持ちが付き合う前と全然変わらないのか、それとも。

 (……もしかして、本気だと受け取られていない?)

 いや、「もしかして」ではないかもしれなかった。忘れかけて、というよりむしろ都合よく忘れようとしているけれど、いまだに自分は、まともに告白をしていないのだから。


     ◇


 「――、おはよう」
 「……おはよう」
 後期の講義が始まって2週間。こうも毎日のように朝一で会ってしまうのは何かの嫌がらせだろうか。まだ1限のある日がお互い多いとはいえ、学部が違うから基本的には教室の場所も違う。なのに今期に限って1限の講義が、大教室が集まっている講義棟の一つに集中しているらしかった。
 「今日、昼休み時間ある?」
 「ごめん、3限の語学の予習やってないからやらないと」
 「……そう」
 祭りの夜以降、夏休みの間、こちらに戻ってきてからも彼女とはあまり顔を合わせていなかった。顔を見ると反射的に、あの時のことを思い出してしまって、気まずい気分になる。おそらく、彼女もそうなのだと思う。
 先ほどのように、最初に互いの存在に気づいてからはどちらも、まともに目を合わせない。話はしても終わるまでほぼずっと、視線は外し気味にしたままでいるのだ。
 そして会話自体も、ぎこちなさというか不自然さが、気のせいではなく増している。特に彼女の側に。挨拶ひとつにしても微妙にためらう間が長いし、こちらの誘いを断る時が多くなった。3回のうち2回、もしくは4回のうち3回は断られている気がする。
 「じゃ、私こっちの教室だから」
 と言うなり、足早に右側の大教室へ入っていった。断りを口にする時だけ、彼女の反応も口調もいつもより速い。常にその文句を考えて、用意しているかのように。
 呼び止めたかったがとっさにそうできず、口を中途半端に開いたままでいるうちに予鈴が鳴った。自分の教室は2階だからもう行くべきなのだが、すぐに動く気にはなれなかった。
 「ちょっと、邪魔なんだけど」