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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 そんなふうにされると、申し訳ないと思いながらも、期待してしまう――彼が本当に私を好きで付き合っているのだと。けれど、それを信じるには私はあまりにも、彼と比べて普通すぎる。今も時折向けられる無言の非難を感じるまでもなく、自分でよくわかっている。
 ほんの少しだけなら、他の子よりは好きでいてくれているかもしれない。でもそれは、本当に好きな人ができればあっと言う間に消えてしまう程度の気持ちだろう。
 ……だから、期待しちゃいけない。
 付き合い始めてから数え切れないほど言い聞かせてきた言葉は、時間が経つにつれて確実に使うペースが上がっている。ここ何ヶ月かはほとんど毎日、いや日によっては何度も繰り返していると思う。そうしていないと、心を抑えていられないから――
 「ごめん、お待たせ」
 想いに深く沈めていた意識が引き戻され、はっと顔を上げる。ストローの差さった紙コップを両手に持った彼が、少し申し訳なさそうな笑みとともに私を見下ろしていた。
 差し出されたコップを機械的に受け取った直後、彼の顔には心配そうな色が浮かぶ。
 「で、足どう、まだ痛む?」
 「えっ、あ、……そうでもない」
 足先を少し動かしてみながら答える。今はそれほど気にならないけど、歩き始めたらまたやっぱり痛んでくるだろう。手にしている巾着袋の口を無意識に開けようとした手を、迷って止める。
 こういう時のためにと、母にカットバンを持たされては来た。でもこの格好だと自分ではたぶん貼りづらい。だからと言って彼に頼むのは悪いし、なにより恥ずかしい。
 だからもう、使わずにそのままやり過ごそうかと思った、のに。
 「貸して」
 え、と言う間もなく巾着が奪われて、中から小さいケースに入れたカットバンを取り出された。うろたえているうちに中身の一枚を手にした彼が目の前にしゃがみ込み、私の右足から草履を脱がせた。素足に触れられた瞬間に飛び出しそうになった悲鳴を、ギリギリで飲み込む。
 足を引っ込めたかったけどそうできる雰囲気ではなく、手当てをまかせて気を抜けるはずもないから、彼が解放してくれるまでずっと、固まっているしかなかった。照明のあまり届かない暗がりで、位置を確かめるように擦り傷に触られても、ほとんど痛いと感じないほどに緊張していた。……手や顔以外で、じかに肌に触れられたのは初めてだから。
 カットバンを貼られて手を離されても、彼が隣に座り直してもまだ、同じ姿勢で動けずにいた。足から体中にしびれが広がったような心地から醒めることができなくて――言うまでもなく傷の痛みのせいじゃない。貼ってくれてありがとうと言うべきなのにその一言も出せない。
 珍しいことに彼も、あれきり無言でいる。いつもならもう一度ぐらい具合を聞いてくるのに。横目で様子をうかがうと、自分のジュースを静かにすすっているだけで、表情も同じように静かだ。
 その横顔を、彼がこちらを向かないのをいいことに注視する。……やっぱり、格好いいよなとあらためて思う。整っていることには昔から気づいていたけど、付き合い始めてからは意識することが増えた。周りの目が向けられるたびに――いや、たとえ人の目がなかったにしても意識せずにはいられなかった。彼がどれだけ、注目されて当たり前の人なのか、一緒にいれば否応なくわかってしまうから。
 彼がどうして私と一緒にいるのか。いまだに隣にいてくれるのか、その理由がわからないから、いまだに不安を消せない。だって、私のどこにそれだけの理由がある?
 彼に、友達以上に想ってもらえる自信なんてない。自分にも親にも恥ずかしくない生き方はしているつもりだけど、信念に従って行動することが誰からも評価されるわけではないし、実際、私の場合は真面目すぎると飽きるほど言われてきた。
 堅物で四角四面で、臨機応変さに欠ける。親戚や先生のみならず、友達にさえ冗談混じりに言われる時があるぐらいだから、自分でもよくわかっているつもりだ。
 人付き合いに関しても同じで、友達レベルならまだしも、そこから踏み込んだ付き合いをしようとすると、逆に心を開ききれなくなる。自覚はなかったけれど、元カレの大村くんに対してがずっとそうだった。別れる頃にやっと気が付いて、その時は、相手を本気で好きにはなれなかったからだと考えていた。
 だけど、もしかしたら、誰に対しても変わらないのかもしれない。前よりもずっと早くから、彼に対して壁を作っている自分には気づいていた。
 そして、壁を作る基の気持ちが前とは違っていることにも。――でもそれにはあえて目を向けないようにしてきた。今に至っても、気づかずにいられるなら気づきたくないと思う。
 そんなごまかしは通用しない場所までとっくに来ているのに、往生際が悪すぎる。理性ではそう考えても感情が反発し続ける。
 この距離で横顔を見られる位置を保持したいと思いながら、こうしていること自体が時々苦しい。この位置は本当は私のものじゃない、いずれ他の誰かに取って代わられる。その予感がつきまとって離れないから。
 振り払えない重い気分に、目線を落としてため息をつく。吐き出した息の音が妙に大きく聞こえて、同時に、隣の気配が動くのを感じた。
 はっとして見上げると、彼と目がまともに合う。表情はさっきと変わりないのに視線をやけに強く感じて、反射的に身構えた。
 何、と尋ねるより先に彼が口を開く。
 「つまんない?」
 「え」
 「槇原、俺と一緒にいて楽しくない?」
 とっさに答えられなかった。私が考えていたのと全く同じこと、いや、意味合いで言えばまるで逆のことを尋ねられて、けれどその質問は想像もしていなかったから。
 ……なんで、私にそんなこと聞くの?
 むしろ私の方が聞きたい、というより気になってしかたないのに。私なんかと一緒にいたってつまらないだろうって。
 そう考えてはいても、口が動かない。すぐに言葉にすべきだとわかっているのに、彼の質問に対する驚きがさめないのと、向けられている目の、怖いような雰囲気にたじろいで――最初にキスされた時でさえ、怖いと感じたりはしなかったのに。
 これは、もしかして怒らせているんだろうか。この10ヶ月の間、私がどんな態度を取っても不愉快そうな顔も呆れた様子も見せなかった彼を。煮え切らない私がついに嫌になってしまって。
 思い至った瞬間、目をそらしてしまった。それを彼がどんなふうに受け取って何を考えたのか私にはわからない。けれど、目をそらした後ほとんど間を置かずに強く肩を引き寄せられて、今まで知らなかった強引さに驚く暇さえないうちに唇が重ねられたのは現実だった。
 どうしてこういう展開になっているのか、本当にわからなかった。彼は怒っているんじゃなかったのか。たぶん怒っているんだと思う。体の距離が近づいた、というよりもほぼ密着している状態だから、向けられる感情の激しさがよりいっそう伝わってくる。
 彼が怒るのはわかる――けれどこの状況との因果関係はわからない。だからしばらくは戸惑いばかりが頭を占めていて、何のリアクションも取れなかった。そうしているうちに肩から背中に回された手の力が強まって、合わさった唇から何かが入り込んでくる。