小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

evergreen/エバーグリーン

INDEX|15ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 美音に大きな目をキラキラさせてせがまれると、たいていの人がたぶん「だめ」とは言えなくなるんじゃないかと思う。妹は赤ちゃんの頃から目鼻立ちがはっきりしていて、将来は絶対に美人になると会う人みんなに言われている。性格も積極的で物怖じしないし、小学一年生でもう、周りに対する勘が鋭い。どうしたら自分の「おねがい」を聞いてもらえるかをよく知っている。何もかも私とは正反対だ。
 『だめって言ってるでしょう。お姉ちゃんを困らせるんじゃないの』
 何とも言えずにいる私に助け船を出したのは、当然ながら母。こうやって美音に負けることなく言い返せる人は、大人でも数多くはいない。
 ぷぅっと頬をふくらませる美音は、いかにも不満そうだった。困ったものだと思いながらも、何かしてあげたいと考えてしまうのは姉ゆえの甘さだろうか。年が離れているせいもあるのだろうけど、可愛いという気持ちがつい先に立ってしまう。……いつか自分の子供を育てる時、必要な時に私はちゃんと厳しくできるんだろうか。こんな調子では正直不安だなと思ってしまうぐらいに。
 『ごめんね美音。今日はだめだけど、明日一緒に行こう』
 『ほんとっ?』
 途端に期待をいっぱいに表した美音の顔を見たら、たとえ迷いが残っていたとしても吹き飛ばしてしまうだろう。私もそうだった。
 『友美、いいの2日連続で出かけて。昼間どこか行くんじゃないの?』
 『ん、図書館行こうかなって思ってたけど早めに帰ればいいし、明日は誰とも約束してないから』
 『……ねえ友美、聞かれたくないかもしれないけど、今日の約束は本当に友達と?』
 『え、そうだよ。どうして?』
 『ああ、ごめんね。なんとなくなんだけど、……なんだか、緊張しているみたいに見えたから』
 思わずぎくっとしてしまったのは反射的なものだ。もし最初の質問が『約束の相手、男の子じゃない?』とかだったら、たぶん即答はできなかっただろう。
 『そうかなあ、そんなことないけど』と返しはしたけど、笑いが引きつっていなかったかどうかは自信がない。
 『おねえちゃん、ぜったい明日だよ、やくそく』
 美音の期待に満ちた笑顔を見ながら、ふとうらやましいなと思った。どんな時でもほしいものをほしいと臆せずに言う、誰に対してもためらわずに自分の感情を素直に表せる妹が。――私にはとてもできないから。
 言いたいことを素直に言えればいいのに、とは思うけれど、どうしたって相手を意識せざるを得ない。意識すればするほど感情を表せなくなるから、自己主張は極力しないで自分を抑えて、そうやって心のバランスを保ってきた。目を引くことはできるだけしないように努めて。……なのに。
 今の私は絶対に目立っている。というより浮きまくっているに違いなかった。
 彼の視線が私を、立ち止まった場所に縫い止めているように感じられる。足を動かす勇気が、これ以上彼に近づく勇気が出ない。
 ああやっぱり似合っていないんだ、そうとしか思えなかった。いまだ無言でこちらを凝視する目は呆然とした様子で、それでいて驚きがさめる気配はない。そらされない眼差しについに耐えられなくなって、私の方から目を伏せ、暗い地面に視線を落とした。
 いたたまれない気持ちでいっぱいになる。もう帰ろうかな、と衝動的に考えた時、視界にスニーカーの先が入った。すぐに足全体、そしてジーンズの膝から下が見えたところで動きが止まる。
 思わずぎゅっとつむった目から、涙がにじみ出そうになった瞬間。
 「……やっぱり槇原だよな。びっくりした」
 言葉は予想の範囲内だったけど、声の調子が想像とは違った。――なんでそんな、感心したみたいな言い方なの?
 「浴衣着てくるなんて思わなかった。持ってたんだ」
 ああそういう意味か。まばたきで涙をやり過ごしつつ、顔はあまり上げない。今の表情を見られたくないし、彼の表情も見るのが怖いから。
 「……おばあちゃんが仕立ててくれたの、着ないともったいないからってお母さんが。でも」
 似合わないでしょ、と言おうとするより早く、彼が何か言った。
 「え、なに?」
 「なにって……だから、似合うって言ったんだけど」
 「――――、別に、無理にほめてくれなくても」
 「何言ってんの」
 自嘲まじりに口に出した言葉を、思いのほか強い語調にさえぎられる。
 「なんで無理にほめる必要があるわけ? 似合うと思ったから言ったんだよ。可愛いよ」
 勢いづいてそこまで言った後、唐突に彼は黙った。はたと我に返ったようにまばたきを2度3度繰り返し、視線をややそらして口を押さえる。
 私はといえば、彼らしくない強い物言いにぽかんとしてしまって、内容を認識した後は反射的に顔に血が上って、何も反応を返せない。
 可愛い、なんて言われるとはこれっぽちも思っていなかった。信じられないのとものすごく恥ずかしいのとで頭が沸騰して、今にも爆発しそうだ。……そもそも、彼にそんなことを言われたのは今が初めてだし、元カレにも他の誰にも、親戚にだって子供の頃を除けば言われた覚えがない。「可愛い」ともてはやされるのは、妹が生まれてからはいつもあの子の役目だから。
 賑わしさの中、どちらからも沈黙を破れずに、顔さえ見れずに立ち尽くしている。明らかに違う雰囲気を漂わせているであろう私と彼は、周りにはどう見えているんだろう。妙に冷静にそんなことを考えた。
 やがて、彼が詰めていた息を吐く音、続けてすっと吸い込む音が耳に届いた。この喧騒では普通なら聞こえなさそうな音量だったけど、感覚が張りつめて敏感になっていたんだろう。
 だから、無言で手を握られた時、いつにも増して反射的にこわばってしまった。強い力ではなくてむしろ普段よりゆるやかな握り方だったにもかかわらず。……手の温度を、ひどく熱いと感じてしまったせいもあるのかもしれない。そういう私の手だってきっと、汗ばむほどに熱かったに違いないのに。
 私の押し隠した動揺には気づかなかったのか、気づかないふりをしたのか。わからないけど彼は何も言わず、そのまま私の手を引いて歩きだした。
 生まれた時から住んでいた町だから、毎年のお祭りにも会場の神社にも、数え切れないほど足を運んでいる。なのに今は、知らない町の知らない祭りに来ている気分だった。
 周りに知った顔は見えない。それなのにどこからか見られている気がしてしまうのは自意識過剰だろうか。彼に手を引かれて歩く自分の姿を客観的に想像すると、どうしても、この人ごみの中で浮いている気がしてならないのだ。
 「なんか食べる、槇原」
 呼びかけられてはっとする。いつの間にか神社の中、屋台が立ち並ぶただ中にいた。熱気も人の密度もここまでの道のりの比じゃないのに、無意識に足を止めてしまった私を、彼は間髪入れずに振り向く。そうして心配そうに「どうかした?」と尋ねてくる。
 「……ごめん、なんでもない」
 「そう? あ、かき氷食おっか」
 「ん――今はいい。ひと通り見て回ってからで」
 「遠慮するなよ。バイト代入ったばっかだしさ、何でも」
 「ほんとにいいから。もうちょっと後で」