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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 最近は誰も、聞こえるようには言わなくなったけど、付き合い始めからしばらくは違った。数人ながら『似合わない』と直接言ってくる女子がいたし、彼女たちの数倍どころか数十倍、陰では同じことを話す人がいたと思う。彼と一緒にいる時も一人の時も、私を見ると会話の雰囲気を変える人たちによく行き会ったから。
 今だって、そう思っている人は少なからずいるはずだ――さっきの中川さんたちのように。何より、誰よりも自分がよくわかっていることなのに、潔く受け入れられないのはなぜだろう。当初はさほど気にせずにいられたはずだ。平気ではないまでも、言われて当たり前だからと割り切って、聞き流していられた。
 それが、そう思えなくなったのはいつからだったか……はっきりとは覚えていないし思い出せないけど、たぶん、初めてのキスを彼にされて以降。一気にぎこちなくなった空気を修復したいのにどうしたらいいのかわからなくて、開いたまま埋められない距離感が辛くて。彼の方からも距離を縮める動きはなかったから、しまいには袋小路に入り込んだ気分に陥って。
 友達だった頃に戻りたかった。……いや、そうじゃない。友達でも知り合いでもない、唯一のポジションをなくしたくなかった。
 たとえ彼が、私を友達の延長線上でしか捉えていないとしても、彼に特別扱いされるのは心地よかった。どれだけ緊張しても、手放したくないと思うほどに。
「ゆうちゃん、何ぼーっとしてんの。出てきたよ」
 今はなーちゃんしかしない呼び方に我に返る。後半戦が始まろうとしていて、中央に集まった緑のユニフォームの中に――彼がいた。


 笛が鳴った瞬間、耳にわっと歓声が押し寄せてくる。……あ、終わったのか。そう思った直後、駆け寄ってきた仲間に一気にもみくちゃにされた。
 何秒か意識が飛んでしまっていたのか、後半終了直前の様子が思い出せない。脳がまだ現実についていけていないが、かけられる言葉や興奮具合から察するに、終了の数分前に自分が決めたゴールが決勝点になったようだった。試合運びはきわどかったが、どうにか点差を守りきれたらしい。
 認識してようやくじわじわと、途中からはものすごく加速した嬉しさが押し寄せる。喜びの勢いに背中を押されるままに、一緒に出ていたメンバーと肩を抱き合い、前半で交代した選手や他の交代要員とハイタッチを繰り返し、涙ぐみながら満面の笑顔を浮かべるマネージャーの女子学生たちに笑みを返した。
 それからやっと、観覧席を見上げた。忘れていたわけではないがそうできる雰囲気ではなかったのだ。出入り口のひとつ、その近くの端の席を迷わずに探し当てる。
 彼女はそこにいた。席から立ち上がり、隣の友人のはしゃぎようとは真逆な、微動だにしない状態でこちらを見下ろしている。だが目が合った瞬間、固まっていた彼女の表情が動いた。口を押さえ、崩れかける表情を見せまいといった様子で背中を向け、すぐ後ろの出入り口から扉の外へと消える。彼女の友人が慌てて追いかけるのを目の端にとらえ、自分もピッチから走り出た。呼び止める声は当然聞こえたが、足を止めようとは思わなかった。
 観覧席を出た先は3階の通路だ。ピッチのある多目的コート室からだといったん競技場の正面口近くまで行き、そこから階段かエレベーターを使う必要がある。彼女が3階にとどまるか下りてくるかはわからないけど、様子を確かめなければ落ち着きそうにない。
 ちらほらといる利用者か観客かの注目を洩れなく浴びながら、全速力で走る。3階まで一気に駆け上がった直後、通路の奥から彼女の友人――小高七恵が歩いてくるのに出くわした。こちらの姿を認めた途端にぎょっとする。
 「なっ、――どっから来たのよ、早すぎるじゃない。抜け道でもあんの?」
 「小高、槇原は?」
 「……あっちのトイレにいる。ちょっとひとりにしてほしいって言うから」
 自身が来た方向、「お手洗い」と書かれた表示の矢印が指し示す方向を、七恵も指差した。彼女が今どういう様子でいるのか、9割方わかった気がする。
 「わかった、行ってみる。……あ、今日は悪かったな、変なこと頼んで」
 観に来る、と言ってはくれたが、本当に来るかどうかについては不安があった。いまだに彼女をからかいの対象にする奴らがいると聞くし、もしそいつらと鉢合わせして余計なことを言われたりしたら、彼女は怖じ気づいて帰ってしまうかもしれない。
 だから彼女と一番仲が良く、自分とも同級生だったから知らない間柄ではない、七恵に今日のことを頼んだのだ。とはいえ、彼女をその手の中傷からかばうのは本来自分の義務であって、人に頼むことではない。それはわかっているからまず謝罪した。
 七恵は複雑そうな表情で首を少しかしげ、口の端だけでかすかに笑みを作ってから言った。
 「んー。まぁ……変かもしれないけどね、あんたの気持ちはわかる。友美はああいう子だから」
 今度はこちらが複雑な表情を浮かべる番だった。彼女が、己に確固たる自信をどうしても持てない性質らしいことには、とっくに気づいている。自分との付き合いに対しては特に顕著であることにも。七恵もまた、彼女と伊達に親しいわけではないようだ。
 「しばらく出てこないかもしれないけど、時間あるなら待っててやって。あたしは外にいるから」
 ひらひらと手を振る七恵に、片手を上げて了解を、軽い会釈で礼を伝える。
 ……女子トイレの前で待つ時間は長く感じられた。後から思い返せばせいぜい5分程度だったのだろうが、その時は果てしなく続くようにすら思えた。
 「なーちゃんごめんね、お待た――」
 ようやく出てきた彼女は、人の気配を当然ながら友人と判断したらしく、こちらを見る前にそう言った。言いながら顔を振り向け、次いでやや目線を上げた顔に、先ほどの七恵よりもずっと強い驚愕が浮かんだ。驚きすぎてパニックを起こしたのか、唇を動かすものの「あ」とか「えっ」といった形を作るばかりで、具体的な言葉は何も出てこない。
 「大丈夫?」
 彼女の目と、その周辺には明らかに泣いた痕跡があった。化粧を直したのかいくぶん隠れてはいるけど、まぶたはなんとなく腫れぼったいし、目の赤さはごまかしがきかない。
 「………………なんでここにいるの」
 「心配だったから。――それ、着けてくれてんだ」
 指差した方向は彼女の耳。あ、と今度は声に出して、彼女が耳たぶに手をやる。正確にはそこにぶら下がっているイヤリングに。今時珍しくピアス派ではない彼女は、普段あまりアクセサリーを着けない。たまに買うことがあっても、なくしやすいからと言って基本的にはしまい込んでいる。
 けれど今、彼女の耳を飾っているのは、自分がクリスマスプレゼントとして贈った物だった。温かみのあるオレンジ色のガラス細工と、透明なビーズの鎖が何本も付いたイヤリング。