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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 理解してほしいと願う気持ちはある。けれど彼だって付き合っている以上はその先を考える、望むのは当然で、実際それはもう証明されている。
 ……あの時、驚きはしたけど、嫌だとは思わなかった。ただ心底、どう反応していいのかわからなかっただけだ。でもそれを言い表すことができなくて、せっかくの誕生日プレゼントにも、彼の謝罪にもまともに言葉を返せないまま、あの日は別れて。以来、彼の態度はひどく遠慮がちになったし、私は説明するまでもない。
 その日渡せなかった私のプレゼントはクリスマスに渡したかったけど、12月24日と25日は彼の練習と私の実家の都合でつぶれて、二人では過ごしていない。……冬休み明けに彼が、せめて付き合い始める前のように接しようと努力するのが感じ取れて、私もそれには応えたいと思った。少しずつ会話の調子を戻していって、バレンタインの頃にはやっと、照れつつもチョコレートを贈れる程度にはなれた。プレゼントもようやくその時に渡した。
 けれどいまだに、自分が彼の「彼女」だという、はっきりした意識を持ててはいない。人に言えば「今頃何を言っているのか」と呆れられるだろう。でも本当にそうなのだ。
 彼はいつも私を気遣ってくれる。私が嫌がること、困ることは避けようとして、言葉にも行動にもずいぶん配慮してくれている――だけどただそれだけに感じてしまって、かえって不安が増す時があるから。
 彼の優しさが嘘とは思わないけど私をどう思っての優しさなのかわからないから、嫌われてはいないだろうけどどんな種類の好意なのか判断できないから、私もどう振る舞えばいいかわからなくなるのだ。
 ――別れたいわけじゃない、けれど今の状態は落ち着かない。もっと彼を理解したい、彼に理解してほしい。
 そんなふうに思うのは、彼に対する私の気持ちが、友達でいた頃とは違ってきているから。……いつから変化したのかわからないけど、友達以上に好きになってきているから。
 だけど、彼はどうなんだろう。
 いまだに一度も、好きだとは言われていない。

 開始時刻5分前まで迷って、ギリギリで観覧席の端に滑り込んだ。
 彼には観に行くと言ってあるし、目がいいから観客の中に知った顔があればすぐにわかるだろう。私が観ていないと気づいたら彼はがっかりして、試合に集中できないかもしれない。
 いやそれは自惚れすぎかなと思いつつ、その可能性を信じたい自分がいる。
 観に行くね、と答えた時の彼は、めったに見ないような嬉しそうな顔をした。その少し前、メンバーに選ばれたと話していた時よりも。その表情さえも私の期待が入って見えたかもしれないけど、喜んでくれたのだろうとは思う。私も嬉しくなったけど、
 『じゃあ、打ち上げに参加するって言っといていいかな』
 の一言で、途端に腰が引ける気分に戻ってしまった。正直、行きたいとは思えなかったけどそう言うのはためらわれて『……迷惑じゃないの、部外者が行って』と聞き返した。
 『全然。向こうが来いって言ってんだし』
 『でも私、…………』
 もやもやした気持ちをどう言っていいかわからず、沈黙した。すると何かに気づいた目つきで彼が、にわかに表情を引き締めた。
 『あのさ、……何べんも言ってるけど俺、遊びで槇原と付き合ってるんじゃないから』
 それは年が明けて(正確には冬休み明け)以降、彼が時々口にする言葉。だけどわざわざ言われるまでもなく、そんなふうに思ったことは、一度もない。
 ――緊張で満たされた空気の中、視線をピッチの中央に向ける。と同時に試合開始の笛が鳴り、静かだった周囲がいっせいに騒ぎ始めた。
 うちの大学、つまり彼のサークルは公式試合では緑が基調のユニフォームを着ている。今出ている5人の選手の中に彼はいない。交代要員だと言っていたから最初から出るわけではなさそうだ。
 サッカーと似て非なる、と言われる通り、人数だけでなくルールの細かいところも違うらしいのだけど、サッカー自体にも詳しいわけではないから個人的にはよくわからない。
 ただ、こうやって試合の空気の中に身を置いていると、ソフトボール部のマネージャー時代を思い出す。特に高校の頃は、全国的に強豪と言われる部だっただけに試合の数も多かった。上の試合に行けば行くほど必然的に気合いが強まるし、応援に来てくれる人の熱気も上がる。
 今見ているこの試合は近県の大学競合リーグの予選的なものらしいけど、体育会の部活動とは違いあくまでも学生の主催活動だし、注目度は高くないはずだ。それでも、周囲の興奮は昔、全国大会に行った時と同じぐらいの熱さで伝わってくる。当たり前だけど、どんな試合であろうと選手や応援はいつだって真剣なのだ。
 いつしか私も、自分の思いはいったん隅に追いやって、試合の成り行きだけに注目していた。他の人たちと同じ場面で一喜一憂しながら。
 ……試合の前半が終わり、ふうっと息をついた時に声をかけてきたのは、思いがけない人だった。
 「来てたんだ、よかった」
 「――なーちゃん、なんで」
 呆然とした私の疑問には答えず、なーちゃんは空いていた隣の席に腰を下ろす。そこには最初、学生らしき知らない人が座っていたけど前半が始まった直後からずっと電話でこそこそとしゃべっていて、周りから白い目で見られていた。前半の20分が過ぎる前に姿を消してからは見かけていない。
 「今のうちにトイレ行っといたら? 席はキープしとくから」
 「大丈夫、ってそうじゃなくてなんで来てるの」
 今ここになーちゃんがいるのはおかしかった。中学の時の友達と久しぶりに集まって、女子会の最中のはずだ。映画の後で最近評判のランチバイキングに行ってスイーツも食べまくる予定ではなかったのか。
 知っているのは私も誘われたからだけど、話を聞いたのが彼との約束の後だったから断った。理由は正直に言ったから、私がここに来るのをなーちゃんは知っていたけれど、なーちゃんが来るはずはないのに。
 「行かなかったの、女子会」
 「映画は観てきたよ、一番早い回で。バイキングは残念だったけど抜けてきた。こっちの方が気になったから」
 「え?」
 「ていうか、実を言うとさ」
 名木沢に頼まれたの、とそこだけ小声で耳打ちする。意味がわからなくてまた呆然とした。
 「友美が、いろいろ気にしてるみたいだから一緒にいてやってほしいって。もし余計なこと言う奴がいたらかばってやってくれ、ってさ」
 沈黙した私にかまわず、なーちゃんは説明を続けた。私をのぞき込むように心持ち傾けた顔に浮かんでいる表情を、どう読みとったらいいのだろう。
 なーちゃんが心配してくれていることはわかる。けれど、それ以上の意味合いを受け入れるのは、心情的に難しかった。
 ……彼が女の子と「遊び」で付き合える人だとは、最初から思っていない。そういったいいかげんな、不誠実なことはしようと思ってもできない人だろう。バカが付くほどに真面目だと言われる私と、その点ではおそらく近いものがある。
 でもその認識と、私が彼の「彼女」でいることの不均衡は別問題だ。