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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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evergreen/エバーグリーン

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 だから、承諾されて舞い上がって、大事なことを言いそびれてしまった気がする。あの日、学食で昼食を取った後はお互い5限まで講義だったし、夜に電話はしたけれどその時にもたぶん、変にテンパっていたから言うのを忘れていた。
 その可能性に気づいたのはごく最近で、気づくと同時に我ながら呆れた。いったい自分は何をしているのか、彼女と本気で付き合いたいのに肝心なことを言わないなんて本末転倒じゃないか。
 ――彼女に拒絶されない限り、自分からは手を離さないと決めたんじゃなかったのか?
 それなのに、つなぎ止めるための最低限の努力さえしていないかもしれないなんて。馬鹿を通り越して無神経だ。
 彼女はすごく周りに気を遣う性格だから、納得のいかないことや不安があってもなかなか言えずにいるだけに違いない。ましてや、可能性が当たっているなら。……だから、明日にでも「別れたい」と言われて不思議ではないのだ。努力しても好きになってもらえなければしかたないが、言うべきことも言わないままでは悔やんでも悔やみきれない。
 付き合ってようやく3ヶ月、まだやり直しは可能なはずだ。いや、そう願っていると言うべきかもしれないが、ともかくもう一度、きちんと仕切り直さないといけない。
 自分のためだけではなく、彼女のためにも――彼女を不必要に悩ませたりしないためにも。


     ◇


 競技場の入口で、もう20分近く立ちっぱなしでいる。この期に及んでもまだ迷っていた。この先に進もうか、否か。
 「何してんのぉ槇原さん」
 やけに明るい声で呼びかけられて振り向いたら、斜め後ろの位置に3人連れの女の子がいた。左と、真ん中の子には見覚えがあるけど、名前が出てこない。同じ高校の生徒だったはずなのだけど。
 「そんなとこ突っ立ってぇ、寒いのにぃ」
 さっきと同じ声で左端の子が言う。その、語尾を伸ばし気味のしゃべり方に聞き覚えがあった。確か2年の時、体育と家庭科で一緒の授業だった、つまり隣のクラスの女子。
 「名木沢の応援でしょぉ、早く行かないと試合始まっちゃうよぉ?」
 じゃあねぇ、とこちらの答えを待たず彼女たちは小走りに去っていく。すれ違いざま、3人同時にちらりと私を一瞥し、次いでくすくすと尾を引く笑い声を残して。
 あからさまに含まれていた嫌味に、ただでさえ重かった気持ちがさらに重くなる。中川さん――やっと名前を思い出した同窓生と顔を合わせたのはおそらく卒業以来だけど、とっくに私と彼のことは知っているようだ。
 ……似合わないと思われていることぐらい気づいている。そんなこと自分が一番よくわかっている。
 けれど自覚しているのと、納得して受け入れているのとは違う。飽きるほど思い知らされていても、そのたびに心に刺さったトゲが深く食い込んで痛む。自分でもどうしようもない感情の傷。
 3月初め、後期試験明けのこの時期、近県の大学の運動系サークルはよく対校試合を行うらしく、彼が所属するフットサルサークルも例外ではなかった。彼と付き合うまでフットサルのことは名前ぐらいしか知らなくて、試合を見たことがないからルールもまだほとんどわからない。
 試合があるから見に来て、と言われたのは試験前、彼の家でレポートを書いていた時。後期の単位でたまたま自由選択科目が1つかぶっていて、それが試験ではなくレポート提出での採点だったため、一緒に調べて書こうという話になったから。
 『レギュラーじゃなくて交代要員だけど、初めてメンバーに入れてもらえてさ。けっこう大きな試合だし、よかったら』
 控えめに、けれど嬉しそうに彼は話した。高校時代は一年でレギュラー入りした彼が今度初めてメンバー入りだなんて、正直意外だった。なのでそう言うと、
 『うち人数多いから。それにサッカーとはやっぱちょっと違うし、逆にルールが覚えにくいとこもあるよ』
 なるほど、そうかもしれない。中学高校でずっとやってきて、なまじ似ている部分もあるだけに、違いには初心者よりも混乱する時があるんだろう。
 だからきっと、他の人よりも頑張ったに違いない。部外者は練習中は入れないというから見たことはないのだけど。
 でさ、と言葉を続けた彼は、しばらく黙った。言うことを整理するためか、言いにくさを振り払うためのような間だと、彼の表情から思った。
 『……試合終わった後、打ち上げに参加できる?』
 『え?』
 『その、めんどくさいかもしれないけど、何なら途中で帰ってもいいし。サークルの連中が会わせろってうるさくて』
 困っている中に、ほんの少し照れが混じっている、そういう表情と声音。言った彼がそうだったから、私が感じた困惑はもっと大きかった。
 『な、なんで?』
 『なんでって……彼女を見たいんだって』
 彼女、という言葉が私を指すことに、気づくのにしばらくかかった。正確に言えば、わかってはいたけどすぐには耳になじまなかった。
 彼女。そんな単語が私に当てはまるような付き合いを、私はしているのだろうか。

 去年の誕生日――初めて彼の家に行き、キスされたあの日以来、彼とはしばらく距離ができてしまっていた。
 あの時、私はどう反応していいのかわからなかった。彼がああいう行動に出るとは思わなかったし……何より、経験のないことだったから。大村くんとの、手をつなぐこともめったにないような付き合いの中で、それ以上の出来事は一度も起こらなかった。
 それを知っているのはなーちゃんだけだ。たぶん別れた直後、話題の流れで話したら、ずいぶんと驚かれた。
 『どういうことよそれ。手ぇ出されそうにならなかったの』
 『わかんないよ、そんなの……でも』
 『でも?』
 『…………私は、逃げていたかもしれない。そういう雰囲気になるのは、なんか怖かったから』
 正直に説明するとなーちゃんは、納得の色を混ぜつつもひどく困ったような表情になった。
 『なるほどね、わからなくはないけど……』
 途切れた先の言葉は、想像だけど「でも、それはやっぱり不自然だったよ」と続くような気がした。
 私自身、同じように思っていた。だから、彼には言っていない。信じてもらえないかもしれないとも思ったし、それ以上に、不自然な付き合い方を知られてもし変に思われたら嫌だから。
 私の、異性との交際に対する漠然とした不安、関係を進めることへの反射的な怖れ。それを表すことは難しくて、元カレに対しても伝えたことはない。それなりに好きでいたつもりの頃でも、ふと会話が途切れて雰囲気が変わりそうになると途端に怖くなって、無理に話をつないだり席を立ったりしていたのだ。
 つまるところ、親密になりたいと思わずにそんな気持ちの方が強かったのは、大村くんを本当には好きになれなかったということ。別れる直前までそうとは気づけなくて、2年もの間、大村くんには悪いことをしてしまった。
 またそんなふうになってしまいたくはなかった。好きでない相手であっても傷つけるのは辛い。ましてや。
 ――私のあやふやな、ある意味子供じみた不安を含めて、彼なら理解してくれるかもしれない。でも違うかもしれない。