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山を翔けた青春

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 大阪へ帰る電車に揺られながら、紫岳会の竹田と山下・岡田は、自分たちの夢や希望を語り合った。3人はすでにザイルを組んだり、5月の雪壁を共に登っていた。
 大阪山岳会の山野は郷里に戻って結婚していた。
 広田は山に対する方向が違うとして、去っていた。
 笹木と山下はまもなく遠征に出る。
 岡田は紫岳会の人たちと練習していたが、女性の入会を認めていなかった。
 新しい会を作ろう、と話が出たのはその時である。


 翌年3月、笹木と山下、同人ユングフラウのチャンラ峰遠征隊を見送った。
 ふたりは、会社を辞めて行った。

 3月。岳僚山の会を結成した。集まったメンバーは7人。
 紫岳会からも大阪山岳会からも、思いとどまらせようと説得する人たちがいたが、7人の結束は固かった。
 【友情と研鑚】 がモットーである。


 遠征隊は登頂を果たせず、7月に帰国した。山下は大阪山岳会を辞めるつもりはなかったが、竹田と岡田の誘いを断れなかった。技術を持った人たちが集まり始め、その魅力に引き寄せられもした。
 ところが、山下にとって思わぬ出来事が起こった。


 夏合宿を終えた翌日、岡田は次の山行計画を練るため仕事を終えた後、秋山浩二と会った。その頃よく一緒にトレーニングをしていたのである。
 岡田は秋山の誕生日が近いことに気付いた。
「誕生日になんかあげよか、何が欲しい?・・・安いもんにしてや」
「・・・君が欲しい」
「・・・・・・(うちは安もんか)」
「・・・・・・(お金やない)」
「そうやなぁ・・・」
「よっしゃ、気が変わらんうちに届け出してしまお」
「そうかぁ」
「式はどないしょ」
「手間かかるからやめとこ」
「住むとこやけど・・・お金ないからたてかえといてくれへんか」
「ええよ、ちゃんと返してや、利子つけて」
 無知に怖いものなし。その時、すべてが決まった。

 夏山合宿の打ち上げを、竹田の家でした。
 秋山は書類を取り出し、竹田と木元に向かって言った。
「これにサインが欲しいんですけど、お願いします」
「なんや・・・結婚届けやないか、ふたり結婚するんか」
 えェ―ッ!
「ウッソ〜、ヒロはぜーったい結婚でけへん思うてたのに〜、そんなん、裏切りやわぁ」
と山下。
 デヘヘヘヘ、ふたりはうつむいて肩をすぼめていた。
「信じられへん!」

 山下は、遠征の事後処理や報告会のために駆けずりまわっていた。
 秋山寛子と浩二が山行に出るたびに
「死ぬわ」
「夫婦で行ったら遭難するわ」
とばかり言いつつも、いつもアドバイスを与えていた。


 10月になると冬山の計画を立て始めた。
「トンちゃん、ふたりで鹿島行けへん?」
と寛子は山下富子に提案した。
 それを聞きつけた女性メンバーたち。
「あっ、行きたい」
 次々に言い出した。
「おっ、鹿島か、ええなァ、俺らも行こか!」
 結局全員が鹿島行きを望んだ。無論秋山浩二も。

「そしたら、あんたらふたりは違うとこ行って」
「なんでやのん」
「暑うてかなわんやないの」


 12月27日、1日早く秋山寛子と浩二は穂高に行くことにし、大阪駅で山下の見送りを受けた。
「今度の夏、一緒に奥鐘(黒部)に行こうや」
 山下と寛子は約束した。

 横尾の冬期小屋に荷物を置いて屏風岩東稜を登攀した翌日、常念岳から燕山荘を経て下山。中房温泉から車道を歩き宮城に出て、ようやくタクシーに乗ることができた。1984年1月1日4時頃である。

「今日の昼過ぎ、鹿島方面で大きな事故があったみたいずら。まだ詳しくは分からんけどねぇ」
 タクシー乗務員の言葉に
「正月早々、気の毒ですね」
と答えていた。

 松本駅で大阪行き夜行列車を待っている時、食堂でテレビを見て時間を潰していた浩二が、あわてて寛子の所へ戻って来た。
「トンちゃん死んだみたいや」
「えっ!?」

 大阪の留守本部に連絡を入れて詳細を確認し、直ちに大糸線で大町へと引き返した。
 ――うそや、うそや、なんで? トンちゃんは初心者を連れて稜線を歩くはずやったのに。なんで雪崩が出るとこにいてたん。

 頭の中は同じ言葉がまわっていた。

「大西さんの魂な、こっちに戻ってきてはるみたいやねん」
最近、山下はそんなことを言っていた。

 関西クライマースクラブの大西は、大阪山岳会のミーティングの日、終わり頃になると顔を見せ、女性たちの会話の中に入り込んで笑わせていた人である。
 ミーティングが終わるとみんなで飲みに行く中に、いつも混じっていた。作業員の仕事をして、お金が貯まると海外の山へ行っていた。
 アラスカ・マッキンリーに出発する3日前、大阪山岳会の女性5人で歓送会をすることになっていたが、大西は現れなかった。
 翌日、大西はひとりで待ちぼうけを喰らっていたのである。
「帰ってから盛大にして」
と言って出かけ、マッキンリー南壁に向かう途中で消息不明となった。
 大西と山下は、よく気が合っていた。

 ――大西さんの魂がトンちゃんを連れて行った。うちの魂はトンちゃんのほうを向いてなかったんや。

 大町警察で病院とお寺の場所を教えてもらい、病院へ行った。
 13人中8人がそこにいた。
作品名:山を翔けた青春 作家名:健忘真実