山を翔けた青春
夏山合宿を終えた9月、笹木、山下、岡田、そして5月から新入会員となった広田達4人は、穂高・屏風岩一ルンゼルートの登攀に向かった。
涸沢をベースに、2日目、3時起床。
アタックザックに必要なものだけを入れて、6時に取り付きに着いた。それでも重みのある食べ物をこっそり持っていたりする。
「梨持ってきたから、食べてからにしよ」
と、いつも楽天的な笹木がハーケンの先で梨に切り込みを入れて、4つに割った。慎重な山下、理屈っぽい岡田、ひょうきんでおしゃべり好きの広田。広田はひとり喋りながら準備をしていた。
岡田は近くの木がしっかりしているのを確かめて自己確保をとり、山下を確保する体勢をとった。
お先に、とスムーズなペースで登り出したが、途中2か所でスリップした。核心部ではかなりもたついていた。アブミを使っていると、たやすいはずなのだが。
3人は揃って、山下のお尻を眺めていた。
どうしたのかな、と囁きながら。
ようやく緩傾斜帯に着いた。草付きスラブと呼んでいる。ここまで来ればあと3ピッチ。山下は、大きな岩の後ろに回り込んで登っていた。
「あっ」
という声に続いて、ドシーンと大きな音をたてて落ちてきたものがあった。ボーンボーンと転がる姿が見えた時、壁側にからだを引いてザイルを引っ張ったが、ナイロンザイルは軍手をした手の中をキュルキュルと滑った。
あつい!
それだけが岡田の頭の中を占めた。
そして、なんとか止まった。
山下の荷物を分担して持ち、最後となる、深い井戸のような壁を笹木と広田が登り、ユマールを使って山下を引き上げた。
「いたい! いたい! もうちょっとそうっとして!」
という声は無視された。
最後まで井戸の底に残っていた岡田が見たものは、落ちてきた石が岩にぶつかって放つ閃光だった。電池の消耗を防ぐためにヘッドランプは消している。岩からできるだけ離れて立ち、真の闇の中でザイルが下ろされるのを待ち続けた。
ゆっくりと1時間かけて歩き、屏風の頭に着いた。そこでツェルトだけを被ってのビバークだ。
すでに午後11時を回っていた。
震えて過ごした夜が去り、ツェルトをとると正面に富士山が見えた。
「うわ〜、きれ〜い」
口をそろえて感嘆の声を上げた。
「苦しんだ後には、必ずご褒美があるんやわぁ」
広田は、遠くに見える美しい姿にはしゃいだ。
しかし、辛さはまだ続く。
のどの渇きと空腹と、寝不足で朦朧とした状態で、怪我をした山下を連れて涸沢まで戻らねばならない。
左肩と腰を打ちつけた様子で、とりあえずバンダナで左手を吊り、歩いた。
テントに帰ると、食べても許される分の食料はすべて平らげた。温かいうどんがみんなに笑顔を取り戻させた。
「明るいうちに横尾まで下ってしまお。病院へ行かんと」
ぐっすりと寝入っていたみんなを、笹木はたたき起した。
横尾でのテントの中は賑やかだった。ここまで来ればもう安心だ、という気持ちが手伝って、男性会員たちのモノマネ、口真似をして笑い転げた。
「山下さんは初めから調子が悪かったみたいやけど、どうしたん?」
「スランプでもあるけど、両親から山を辞めなさい、って言われててね。それで迷いが出てしもたんよ」
「迷いがあったら、そら登られへんわ」
「そや、気弱になったら簡単なとこでも難しい感じるもんなぁ」
「ご両親、結婚のこと、心配してはるんちゃう? みんなお年頃やもんねぇ」
「なんやのん、あんたなんかとっくに超えてるやん。みんな一生独身やわ」
話は結婚の方へ・・・
山下は話を合わせながら、両親のことを考えていた。父母の仲、父との軋轢などを。
山下は打撲だけだった。
会で事故の検証を行った際、横尾に泊まらず、その日のうちに病院へ行くべきだったと指摘されて、4人はシュンとなった。