妊婦アリス・スターズの話
この時点で心配することは「子宮外妊娠」。つまり、子宮でないところに着床することだ。これになると、その妊娠は諦めなければならないと聞いている。その時に着床する場所はだいたいが卵管の中であり、子宮外妊娠で卵管を切除し、両方の卵管をなくして体外受精しか妊娠の可能性がない人もいるのだ。
が、子宮内に胎嚢が見えたことにより、その可能性はなくなった。
（あぁ、本当に赤ちゃんがいるんだ。）
陽性反応を見て分かっていたはずなのに、ようやくそのことを実感した。
内診台から降りて診察室に戻ると、マリア先生はアリスの基礎体温表に何かを書き込んでいた。見るとそれはアリスの投薬の記録、排卵検査薬と妊娠検査薬陽性の日。４年半も通って分厚くなったカルテを見ながら、その結果を写しているようだった。
複写の裏側を切り取って――こちらはカルテに貼り付けるようだ――冊子をアリスに渡す。胎嚢が小さかったので胎嚢からは週齢が分からないが、基礎体温表から見ると今日は５週と４日くらいだろう、とのことだ。一緒に、小さな胎嚢が映ったエコー写真――カルテ用とは別にもう１枚印刷したもの――も渡される。空白の白い部分に、エコー写真がどのように映っているかの説明図まで描いてくれた。
「一応、心拍が確認できるまではここで診ますから。次来るときまでに、お産をどこでするか決めておいてくださいね。」
そう、ここは婦人科。産科はやっていない。妊婦検診もできないところだ。アリス達は一番近い産婦人科でも車で最低３０分はかかるような田舎に住んでいるので、最初から出産もできる産科で見てもらうほうが確かにいいだろう。現に、フレンディアクリニックにも片道４０分をかけて通ってきていた。
次は来週来てほしいと言われ、診察室の壁にかけてあるカレンダーを見る。
「あ、２１日の木曜日、大丈夫ですよ。」
１０月２１日。クロエの誕生日だからと、あらかじめ休みを取っていた日だ。木曜日は病院も午前中しかやっていないが、午前中なら手も空けられる。午前９時、つまり朝一に診察の予約を取る。
診察室を出て、いつもお世話になっている看護師がこう言っていた。
「今、この病院も妊娠が続いてるんよ。」
よく「妊娠はうつる」と言う。確かにそうかもしれない。
病院を出て、タント君――アリスの愛車――に乗り込む。エンジンをかける前に、携帯を取り出した。鈴の音が耳に心地良い。お守りにとずっとつけていた、こうのとりキティの根付。パワーストーンにも頼って、子宝のお守りになると知って買ったハート型赤瑪瑙のカニカン。あとは妹が下関に行って「おみやげ！」と言って渡してきた、某カレーチェーン店のストラップ。携帯にぶら下がった面子は、ここ１年くらい変わっていない気がする。
まずは会社に電話をかける。事務員の女性がこれでもかという程の祝福の言葉をくれた。クロエは仕事中なので、エコー写真の画像と一緒にメールを送っておく。そうしたら、仕事が暇だったのかすぐにメールが返ってきた。妹にも電話をかける。アリスやクロエと同じくらいにアリスの子供を待ち遠しく思っていた妹は、やはり同じように喜んでくれた。
電話やメールの合間、アリスはにやけが止まらなかった。テンションがこれでもかと言うほど上がっているのが言われなくても分かる。傍から見ると怪しい人にしか見えないだろう。
それでも。それほどまで、アリスはこの瞬間を待っていたのだ。
（赤ちゃん……やっと来てくれた……！）
作品名：妊婦アリス・スターズの話 作家名：アリス・スターズ