妊婦アリス・スターズの話
2010年10月13日
陽性の反応を見た、翌日昼の3時。アリスは仕事を早退して、いつもの婦人科にいた。
多嚢胞の診断を受けてから、5年半も世話になっている婦人科「フレンディアクリニック」。見慣れた白い壁と2人分の医師の名前。夫婦でこの病院をやっているらしいが、そのうち夫は外科や内科などを担当していて、婦人科の担当は妻のマリア先生だ。
婦人科は予約制なので、アリスはちょうどこの時間に予約を取っていた。もう何度となくくぐった玄関を通り、診察券を指定の場所に入れる。少し待つと、いつものように血圧を測定してから、2階にある婦人科専用の待合室に移動した。
少しの待ち時間にトイレを済ませ、かばんの中に入れてきたものを確認する。
(妊娠検査薬と、基礎体温表――ちゃんとあるね。)
いつも基礎体温表は忘れがちなので、朝体温を測ってからすぐにかばんに入れておいたのだ。今朝の体温は36.79で、下がってはいるが大丈夫な範囲だ。
少しお腹を気にしながら待っていると、名前を呼ばれる。とうとう「診断」という上での結果が出ることになるのだ。
まず、マリア・フレンディア先生に「生理は?」と聞かれる。
「来てないです。」と言いながら、かばんの中からまずは妊娠検査薬を取り出して、先生に見せた。先生がそれを受け取って見ている間に、基礎体温表も取り出しておく。
「まぁ、よかったね。」
先生はそう言いながら、妊娠検査薬を返してくれた。
「生まれるまではこれが赤ちゃんの代わりじゃけぇ、持っときんさいね。」
そう、このくっきり浮かんだ陽性反応が、赤ちゃんの代わり。手に触れることのできる赤ちゃんは、生まれるまでこの検査薬だけだ。アリスはかばんの内ポケットに、検査薬を大事にしまった。
基礎体温表も渡すと、先に内診をするということで内診室に移動した。
見慣れた内診台。今までこれに乗る時は、卵胞がきちんと育っているかのチェックであることがほとんどだった。でも、今日は違う。いつものように準備をして、スリッパを脱いで内診台に乗った。スイッチ1つで台が上昇する。
内診が始まった。今日確認するのは卵巣がメインではない。子宮の中だ。エコーが子宮の中を映し出すと、
(あ、あれは何だ?)
見慣れないものが映っていた。それは、楕円型の黒い影。今まで黒い影が見えたのはいつも卵巣で、それが卵胞だったのだが、今日は子宮の中にそれとはまったく違うものがある。
マリア先生が、エコーの機械の設定をいじり始める。見たことのない画面だった。今までの卵胞のサイズを測るだけなら必要のなかった機能が呼び出される。卵胞を測るのと同じように、画像を一時停止して黒い影のサイズを測る。サイズは8.9mmで、これが卵胞であるなら不安なサイズだ。その計測と同時に、これまた見たことのない表示がされる。画面右下の「AGE XXwXXd±Xw」と「DEL XX/XX」だ。
今度は矢印型のカーソルが出てくる。これは見たことがある。先生が患者に、これが何かと説明する時に出すものだ。マリア先生は子宮の中に映る黒い影にカーソルを向けて、こう説明した。
「これが、赤ちゃんの入ってる胎嚢。」
作品名:妊婦アリス・スターズの話 作家名:アリス・スターズ