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アリス・スターズ
アリス・スターズ
novelistID. 204
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妊婦アリス・スターズの話

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2011年3月4日


 昼、アリスは普段使わない2階の洋室にいた。
 フィノンがこの家を出る時に、部屋に置けないからと置いていったこたつの上には、つい4日前に購入したばかりのミシン。アリスが熱心に読んでいるのは、ベビー服の手芸本。それから、袋に入ったピンクチェックのダブルガーゼ。
 アリスは長年の夢を叶えるため、それを行動に移すことにした。

 まずは型紙を取る。100円均一であらかじめ購入しておいたトレーシングペーパーに写し、それを切って布地にチャコペンで印をつける。裁ちばさみで布を裁ち、本の説明通りに縫い進めていく。実家にあるミシンでは一度も使ったことのないジグザグ縫い、1センチ単位で細かく決められた縫い代、糸を引っ張って作るギャザーに難儀する。
 まだまだ寒い3月だというのに、締め切った部屋は暑く感じる。実際はそこまで暑いわけでもないのだろうが、アリスはうっすら汗をかくほどだった。
 時計を見ることもなく、黙々と作業を進める。時々シンシアがお腹の中から衝撃を加え、隣の寝室にいるレンちゃんが、やっと言えるようになった自分の名前をさえずり、ミシンががたがたと音をたてる以外はほぼ無音だ。
 本当ならきりのいいところで中断して後日完成させようと思っていたが、気が付けば残りは裾と袖口の処理だけ、という段階になっていた。携帯を開いて時間を確認すると、作業開始から3時間半が経過していた。
「……どうせなら完成させるか。」
 ささっと仕上げをして、出来上がったものをハンガーにかける。そのハンガーをウォークインクローゼットの扉の取っ手に引っ掛けた。
「うん、なんかそれっぽい感じやね。」
 丸襟の前開きベビードレス。前面のスナップ部分には、ハート柄のレーステープを縫い付けてある。サイズは70で、本の説明によると大きくなったらワンピースとしても使えるらしい。
 これを着ているシンシアを想像すると、それだけで3ヵ月後が楽しみになってくる。どんな顔をしているだろう。どんな声をしているんだろう。どんな表情で笑うだろう。
 すぐそこにいるのに見えない存在。命の主張は感じるのに触れることのできない存在。
「あー、はよ会いたいなー。」
 お腹にそう話しかけても、眠っているのかシンシアから返事はなかった。