妊婦アリス・スターズの話
2011年2月14日
世の中の女性が、愛する人に気持ちを伝える日、バレンタインデー。
高校1年生だったアリスも例に漏れず、手作りのココアクッキーをせっせと作ったものだ。その行き先は、初めてにして唯一の彼氏であり、現在の夫でもあるクロエ。その日の夜に家に電話がかかってきて、付き合いを始めたあの日から、もう8年になる。
毎年手作りでクッキーを焼いてきた。仕事を始めてからは渡す数も増えたため、量を作るのが容易なクッキーがよく選ばれただけだ。しかし今年は、会社に届けることが出来ないゆえに、クロエ1人分作ればいい。ということで、今年はガトーショコラを焼くことにした。
料理のSNSサイトでガトーショコラのレシピをいくつか漁ってみる。しかし、どのレシピを見ても家にある材料では若干足りない。
「生クリームと板チョコ1枚かー。買いに行くしかないかな。」
そんな日に限って、クロエが朝の凍結を心配してタント君で出勤している。アリスは免許証をいつもタント君に積んでいるため、デミ子を運転するにしても免許不携帯になるし、そもそもデミ子サイズの車を運転できる自信がない。
「しゃあない、歩いていこう。」
2日前の雪が残る道に備え、少し底の厚いブーツを履く。財布とエコバッグ、家の鍵だけ持ってアリスは家を出た。
普段買出しに来ている最寄のスーパー。車で5分ほどの距離だ。しかし、徒歩となると一筋縄では行かない。まして雪道だ。水分が多いどころか半分水になっている雪の深いところを避けながら歩けば、ゆうに1時間はかかる。
やっとの思いで辿り着いたスーパーで、必要なものを買う。帰りもまた同じだけ時間をかけて――気温が低いため、生クリームが痛む心配もない――家に帰ってきた。
さっそくガトーショコラ作りに取り掛かる。印刷した作り方を見ながら、チョコレートを湯煎したり、メレンゲを泡立てたり、残った生クリームをホイップしたり。オーブンで焼き始めた頃には結構いい時間になっていた。
その日の晩ご飯用に、白菜と白ねぎを土鍋で煮込み始める。彩りににんじんも入れようかと取り出して輪切りにする。
「んー、せっかくじゃしバレンタイン仕様にするかな。」
引き出しを漁って、2年前に使ったハート型のクッキーの抜き型を見つける。それで型を抜いたにんじんを白菜達の上に並べると、なんだかそれらしく見えた。
いつもの時間にクロエが帰ってくる。晩ご飯のいつもとは違う見た目のアレンジにもクロエは喜んだが、それよりもガトーショコラを見た時の反応はすさまじかった。甘いものには目がないのだ。
ガトーショコラは1日置いたほうがしっとりしておいしいと説明したにも関わらず、バレンタイン当日で軽く半分を食べたクロエ。
次の日に残りの半分も食べたクロエは、間髪入れずこう言った。
「また作ってやー。」
「いやいや、こういう特別な日に作るからいいんじゃろうがね。」
作品名:妊婦アリス・スターズの話 作家名:アリス・スターズ