妊婦アリス・スターズの話
2011年2月12日
この日から1泊2日、アリス達は前々から福岡に遊びに行く予定にしていた。
シンシアが生まれたら、滅多なことでは遠出はできない。旅行なんてもってのほかだ。2人で行く最後の旅行と銘打ち、福岡に住むクロエの友達のところへ遊びに行くことになっていたのだ。
しかし。
「……うーわー、こりゃひどい。」
出発予定の午前10時。辺りは一面の銀世界。
山の上にあるアリスの実家ならまだしも、ふもとにあるアリス達の家の辺りで積雪15cmはかなりの量である。
「この調子なら、また実家は50cmくらい積もったじゃろうね。」
「だな。」
2人はそうぼやきながら、デミ子の上に積もった雪を落とす。しばしエンジンを温めてから出発するも、スタッドレスタイヤを履いているとはいえデミ子は2駆。水分を多く含んだ、一番厄介なタイプの雪がデミ子を前に進ませない。
「いやいや、これは無理!」
結局家から1km圏内でUターンし、家に舞い戻ってきた。
することがなくなってしまった2人は、とりあえずタント君の雪も落とし始める。タント君なら4駆だから動かせるだろう。ただ、タント君にはETCをつけていないためそこまでの遠出はできない。エンジンを温め、動かしてみる。デミ子よりは問題なく前に進むタント君。さすがは4駆、山の雪道を5年通った実力は伊達ではない。
県境を広島側へ越える。行き先は大竹市内にあるデパートに決めた。
「さすがは4駆やなー。余裕じゃん。」
感心するクロエ。いつもより時間をかけて、目的地に辿り着いた。軽くウインドウショッピングをして、クロエの仕事靴を――ワゴンセール990円で――新調してから、クロエは兄――アリスにとっては義兄――の家に遊びに行くと言うので連れて行き、アリスはひとり家に帰ってきた。
鳥かごの中のレンちゃんがアリスの帰りを察知して鳴き始める。もうふやかさない粟玉も自分で食べるようになり、最初はぎこちなかった止まり木の上での方向転換もマスターした。1羽飼いにしては広めの鳥かごの中を飛び回っていたレンちゃんを外に出してやる。真っ先に行くところはカーテンの上だ。カーテンのタグをかじっているレンちゃんを眺めながら、アリスは裁縫道具を取り出す。
イラストを描くことを趣味と言い張るアリスだが、手芸も趣味の1つだ。小学3年の時にヨナの真似をして始めた手芸だが、小学4年ではクラブ活動に選ぶほどであり、小学6年の家庭科の授業では裁縫が苦手だった担任の代わりに先生になるほどであった。
生まれてくるシンシアのため、何かを手作りしようと久しぶりに針を手にしたアリスは、スタイとリストバンドタイプのガラガラを軽く完成させた。
アリスには1つ夢があった。生まれてくる子供に、自分で作った服を退院着として着せることだ。
作品名:妊婦アリス・スターズの話 作家名:アリス・スターズ