日向に降る雪
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
というついさっきどこかで聞いた断末魔の様な叫び声を頭上に聞いた。見上げた空に、私は予想通り雪村さんを見たのだ。
ついで、例のむにょりという柔らかい感覚。しかし、今度は本能の赴くままに揉んだりはしない。私は英国紳士なのだ。……英国どころか欧州に足を踏み入れたことなどないのだが。いやきっと前世は――そんなことは今はどうでも良い。
降ってきた雪村さんを支え、さっと立たせると、私は彼女とともに飛んできた自転車を起こしに向かった。
どうやら彼女の自転車のブレーキが壊れていたらしく、坂道で急加速した自転車が小石か何かに躓いた拍子に吹っ飛んだらしい。
「あ、あ……小日向くん」
その上、いきなり目の前に私が現れたのだ。それは叫びたくもなるだろう。
「ありが、とう」
「いや、構わない。それより怪我はないか」
なんという紳士的対応。その視線が2つの膨らみに向いていなければ完璧だったろう。しかし、世の中に完璧な人間などいようか、いや、居やしまい!! 私は人間として男として普通なのだ。だからこそ――!!
「小日向くん?」
「ん?」
いささか暴走していたらしい。私はこほんと咳払いを一つすると、不器用ながらにこやかな笑みを浮かべた。
「ブレーキが壊れているようだ。修理に出したほうが良い」
「うん、そうだね」
彼女はよたよたと私の方へ、すなわち自転車へ向かってくる。少しばかり歩き方がおかしい。ふむ、なるほど。
私はポケットをまさぐった。出てきたのはハンカチとポケットティッシュ。それから絆創膏が数枚。用意周到な私を褒めて欲しい。
「膝から血が出ている。一応これを張って置いたほうが良い。できれば、すぐに消毒をすべきだろうが、さすがに消毒液は持ち合わせていない」
「あ、ありがとう」
雪村さんは僕の手から絆創膏を受け取ると、はにかむように微笑んだ。何ということだろう。先ほど叫び声を上げていたときの形相とは違う、この笑顔。
私は確かに、この瞬間に恋に落ちたのだ。