日向に降る雪
そこで彼はため息をついた。そして、嫌に真剣な瞳でこちらを見据えてきたのである。ああ、これはきっと大変な目に遭う。と長年の経験が語る。
「ただ、この発見がどちらにせよ注目を浴びてしまうのはまずい。どこぞの誰かが、僕の本来の目的に気付いてしまう可能性もある。厄介なイレギュラーが加わるというのは、いかなる場合でも決してよろしいものではないのだ。わずかな誤差が仮説と反する結果を招く怖れだってある。僕は、これに人生をかけているといっても過言ではない。……そこでだ!」
言いたくはないが、言うしかあるまい。
「なんだ?」
「君にはこれをもっていってもらいたい」
このようなものを預けられて、私にどうしろというのか。
「僕は今から小火騒ぎを起こす。君は、その騒ぎに乗じて、これをこっそり持ち運んでくれたまえ」
「しかし――」
「良いではないか。これを自由に使ってくれても構わない。夢のある四次元への世界へ飛びたって見たくはないか?」
時間移動。そこに魅力を感じないといえば嘘になる。
「いずれにせよ、しばらく預かってもらえると非常に助かる」
それで私は完全に折れた。もはや、彼の中で私がこれを預かるのは決定事項なのだ。
「こうなると君が頑ななのは知っている。しかたあるまい。これは私が預かろう」
「それでこそ、心友だ。頼んだぞ」
「任せておけ」
かくして、私は彼の計画通り、小火騒ぎの混乱に乗じて早坂の作成した“次元移転装置”を手に、下宿へと舞い戻るのだった。
ちなみに、その小火騒ぎにより、早坂のいる研究室のなんとかというドクターが愛用していたコンピュータが灰と化したことは、ここではさしたる問題ではないので割愛する。
尚、バックアップはきちんととらねばならないことを、ここに強く強く明記しておく。