日向に降る雪
本当に、来た。小日向先輩の言うとおりだ。無から有が生まれる瞬間を目の当たりにし、早坂先輩は変人だが確かに才能は本物であると改めて確信した。
半信半疑で研究室に待機していた私の目の前に、ぐるりと現れたのは、例の“次元移転装置”を手にした先輩だった。
「……おっと。君は天野さんではないか」
「何をやってらっしゃるんで?」
少しばかり驚いたようだったけれど、いつもの何食わぬ顔で淡々と尋ねてきた。私もできるだけ普通を装ってそう問う。
「あの阿呆がしでかした小火騒ぎのせいで私のパソコンがやられてな。それを取りに行っていたのだ」
彼は、手に持つ装置をなでながらそう答えた。
(なるほど――。小日向先輩、そういうことでしたか)
私は小日向先輩の意図を理解し、口角をあげた。危ない。笑いそうになってしまった。
「取りに、ですか? その装置はいったい?」
私の演技に完璧に騙されているらしい先輩は、心底嬉しそうに笑うと、手にもつ“早坂先輩の”装置を高々と掲げて見せた。
「そうだとも。これを使えば、なんと過去に戻れるのだ!」
その滑稽さにまた笑いそうになる。けれど、我慢しないと。
「これはまたすごいものをお持ちですね」
「まぁな。私くらいの才能があれば、こんなもの朝飯前なのだ」
はぁ。こんな阿呆な用事はさっさと済ませて、夕飯前には家に帰ろう。
「では、先輩。一度でよいので、私にも貸していただけませんか?」
「何?」
ここが、最も重要なシーン。上目遣いがポイント。……少し、早坂先輩の思考と似ている気がして自己嫌悪。小日向先輩は……どうだろう?
「私は先輩の才能に触れたいのです」
「……お、おお、そうか」
ちょろい。
「では、お借りしますね」
さっと、先輩の手から装置を奪う。
「ちょ、っと待て」
今更慌ててももう遅い。私は急いで時計の針を回した。吐き気が襲う。私の意識は時計の針と同様に回転した。
ぐるりと。