日向に降る雪
私の衝撃的な体験を語り尽くす上で外してはならない人物が居る。中学、高校と腐れ縁のようにして、共に歩み、何の因果かさすがに学部までは異なったが大学まで同じ道に進むことになった男のことを少し語ろう。彼もまた、大学院へ進学し、頻繁に食事や酒を共にする仲である。彼の名は早坂といった。これが少しばかり変人で、どう変人かを表わすのは難しいのだが、1つだけ話すとすると、あれしかあるまい。彼は物理学を専攻しており、成績はそれなりに良い。ただ、物理学への愛情が気持ち悪いくらいに深い。それゆえ、彼と関わる人は皆、当然のことながら、彼は博士課程まで進み、果てには物理学と結婚するのではないかと言う。しかし、彼にその気はない。私は以前、その理由を尋ねたことがある。すると、彼はにやりと笑って言ったのだ。
「ドクターと呼ばれるより、マスターと呼ばれた方が格好良いではないか」
瞬間、私ははたと気づいたのだ。彼がはまっているアニメだか漫画だがの主人公は、人間とは思えないくらい大きな目をした可愛らしいキャラクターから“マスター”と呼ばれていた。つまり……長々と説明する気は失せるが、彼はそういう人物なのである。
そんなマスターであるが、彼はどうやらくそ真面目に二次元へと向かう扉を開こうとしているらしい。彼が物理学にお熱なのも、それが一因であるのかもしれない。
しかし、その無駄な情熱の火の粉が私と雪村さんへ降りかかってこようとは、人生とはなんとも不可思議なものである。
しばらく無為な時間を過ごしたが、そんなマスターの話などこれ以上語ったところで、互いに得るものなど皆無であろう。ならばここで、雪村さんの話に戻るのが得策だ。彼女はとても明るく、はきはきと物を言う子だった。ややつり目気味の瞳が、たまに鋭く光るが、別に怖いとか冷たいとかいう印象はなかった。私の第一印象は、なんと元気な子だろうというものだ。
さて、そんな雪村さんだが、研究室が近いせいもあってか、大学院での生活を始めてからときたま顔を合わせるようになった。一応顔見知りなわけだから、会えば挨拶もするし、時間があれば話もする。思えば、私たちはゆっくりとしかし確実に距離を縮めていったのかもしれない。