続々・三匹が行く
チヒロは静かに頷いた。自分はちゃんと事実を知っておかなければならないと思ったから。
チヒロの頷きに答え、イジューインはゆっくりと口を開いた。
「あれは、僕が八歳のとき……」
昼頃から雲行きが怪しかったが、日が暮れる頃にとうとう雨が振り出してきた。
スイランまで後少しだからと強行した事も原因の一つだったろう。
「大丈夫か、イジューイン」
「僕なら平気だよ、父さん」
殴りつけてくるような冷たい雨に打たれながらも、幼い子供らしからぬ落ち着いた態度でイジューインは返事を返した。
しっかりした息子の態度に父親も笑顔を見せる。
「もう少しの我慢だぞ。家では母さんが暖かい食事を用意して待っててくれるからな」
「うん」
元気に頷いてイジューインは父の後を追いかけた。大人の歩幅と子供のそれでは大きな開きがある。父親がそれなりにゆっくり歩いてくれている事もあるだろうが、それに甘えることなくイジューインも早足で歩いた。
スイランの近くを流れる大きな川。かなり遠くの山から流れてきているそれは、王国の貴重な水源でもあった。
そこを越えれば自宅までは目と鼻の先でもある。
本降りになった雨で増水している川を急いで渡ろうとしたときだった。
「ん?」
「どうした、イジューイン」
橋の半ばで不意に立ち止まったイジューインに、橋を渡り終えた父親が声をかけてくる。
それに答えず、イジューインは来た道を急ぎ足で戻った。
スイランとは反対側の橋の袂。そこに『何か』が見えたのだ。
最初は流木かとも思った。この急な流れに流されてきたのだろうとも思った。
しかし、それは違った。
「…………」
ゆっくりとそれに歩み寄る。
この橋は交通の主要でもありかなりの幅があったので袂にもかなりの空間があった。
そこに倒れていたそれは、小さな子供だった。
ずぶぬれで息も絶え絶えに横たわっている小さな少年。
イジューインはその子に駈けよると小さな身体を抱き起こした。
冷え切ったその身体は温もりを求めるかのようにぎゅっと抱き着いてきた。
痛いほど強くぎゅっと抱きしめてきたその子は、小さな小さな自分にだけ聞こえるほどの声で呟いた。
「……父さん、何で……」
と。
「イジューイン、その子は!?」