密研はいりませんか?
ここまで話を聞いて途端に壁にぶちあったったような気がした。すると、山勢の表情が明るくなった。
「でも、ここからが僕たち密研が調べていくとこなんだよ。この夏休みを使って」
山勢の話にはやっぱり賛成できなかった。
「でもそれ……高校受験にとって大事なこの時期を潰しちゃうってことだよね」
近藤は、慎重に言葉を選びながら話しているのが分かった。またも山勢の表情が暗くなった。
「そうだよ。でも密――」
「それはできないと思う。確かに今年で密研の活動は終わり。でも、私たちにだってみんなと同じで高校受験がある。それにネットで探しても全く資料が見つからないものは調べようが無いよ」
近藤は山勢の説明を遮ってそう言った。
「確かに」
場に沈黙が訪れた。
「でも、これは部活なんだから通常の活動日には来るだろ?」
数十秒の沈黙を置いた後、山勢が必死になってそう尋ねてきた。
「それは行くけど。でも、今までみたいに毎日だったり、一日じゅうってのは多分……無理だと思う」
近藤は山勢の表情を伺いながらそう言った。
「……だよな。いや、そうだと思ってた。……悪かったよ」
山勢は呟くようにそう言って、教卓の上の紙を集め始めた。
「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
近藤はそう言ったが、返事はなかった。
「あのさ、今日まだ時間あるし活動しない?」
俺がそう言っても返事は無かった。山勢は紙を集め終わった後、顔を上げた。
「みんなに負担掛けないよう、次の活動日までに可能性を一つに絞ってくるから」
山勢は虚ろな表情でそう言い残し、足早に密研室を出て行った。
六月の日差しを頼りに先ほどまで活動していたこの部屋には瞬く間に静寂が訪れた。西日の差し込む光は何とも切ないものに見えた。
まじかよ……。山勢のあんな表情見た事ないぞ。
近藤も俺も口をきかなかった。
物静かな密研室で山勢がいたと分かる唯一の痕跡はセオウルフと書かれた単語と一枚のポスターだけ。
ん? ポスター? そういえば最初の方で貼付けたきり、一回も触れてなかったな。
気になって取りに行く事にした。マグネットを取りポスターの内容を見た。『中・高生によるアメリカ研修。希望者募集中』ポスターの一番上に赤字で大きくそう書かれていた。
「なぁこれ」
俺はそのポスターの意味も分からず、近藤に渡した。
「あいつ、何考えてたんだろ?」
「本当、何考えてんだか。それに私が言ったのってすぐに怒るような事?」
近藤は怒りを込めながらそう尋ねてきた。
確かに部長である山勢があんな単純な事で怒るのはおかしい。どうしたんだろうか?
「さぁ……でも、山勢の事だし。次会う時には直ってるよ。きっと。それに今日のことはたいした事じゃないだろうし」
お決まりのようなその台詞は近藤には通用しないようで、表情ひとつ変わらなかった。そして横に置いてあった自分の鞄を取り上げ、帰る準備を始めた。
「そうだといいけど。もう今日は帰る。塾もあるし」
冷静に振る舞おうとしているが、荷物のつめ方で怒りを隠しているのが分かった。持っていたポスターを机に置き、「また明日ね」とだけ言ってすぐさま密研室を出て行った。
またしても、静寂が訪れた。
「ホセ・アグレット。所属は合衆国です」
アメフトマンは先ほどまでとは違い、笑顔を振りまきながら自己紹介をした。
さっそく媚び売りか。
「実家は、靴ひもの工場なのか?」
誰かが野次をとばした。笑い声が起き、場の空気は少しだけ和まされたような気がした。ホセはその野次をもろともせず、 椅子に腰掛けた。私は彼が座るのを確認し、その場に立ち上がった。
「田川佑司。所属は日本です」
そう言い終え、座ろうとした。その時、円卓の一番奥に座っていて自分と対局に位置する男の表情が変わった気がした。
「日本か……。では、会議が終わったら個人的に話がある」
対局の男がそう言った。静かに頷き、いざ座ると隣のホセが顔を近づけてきた。
「削られるのはどっちだよ」
ホセはにやついた表情でそう言ってきた。
「……」
無言で受け流した。
「私は……知っているだろうが、今回の報告会およびこれから一年組織させてもらうサン・ジェルマン伯爵だ」
自分の対局に座る男が愛想よくそう言ってきた。
「何考えてんだよ。あいつ」
俺は家の壁にもたれてポスターと山勢から貰った写真を睨みながらそう漏らした。
アメリカ研修に行ってどうするつもりだったのだろう? 何をさせたかったのだろう? あいつの考えが全く分からない。
それにこの写真に写ってる地図とくすんだ英文。一体どういう事だろうか? 山勢は、きっとまだ何か説明しようとしていたかもしれない。あの二人の仲を俺が上手く取り持つべきだったのかもしれない。そうすれば、もう少し説明を聞けていたかも。
睨んではいるものの、英語が苦手な俺には筆記体のもともとの字など分かるはずもなかった。
「はぁ~」
この写真に写っているの英文は何かを示していると、いやでも分かるのに読めない事が悔しかった。せめて分かるのは途中に出てくる、数学の時に使ったLの筆記体ぐらいだった。
そして地図。まるで昔使われていた航海図のような雰囲気の地図だった。右上には四方位の記号が書かれていて、中身自体も絵と一緒に筆記体で地名が書かれていてそれらしくはなっている。だが、地図の角を見ると少し黒ずんでいていた。それを見るにもともと大きな地図の一枚で、燃やされて端だけが残ったように思われた。
そう観察していると、部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
「優斗ー、佳奈ー。飯だぞー。降りてこーい」
足音を響かせていた男がドアの向こうからそう言ってきた。言い終わった後に階段を下りていったようだ。足音が小さくなる。
気分転換が必要だと思い、考えるのをやめ、写真だけを持って部屋を出た。すると、廊下にはちょうど部屋の前を通り過ぎた俺の妹、西乃佳奈がいた。佳奈は俺の持っている写真を不思議そうに見つめた。
「何それ?」
「あぁ、これは……あとで言うよ」
佳奈はその返答を聞くなり、そそくさと階段を下りていった。あまり興味はなさそうだ。
十歳で身長百六十センチあり、細長い体をしている。俺も階段を下り、テーブルの上にのった料理を横目で見ながら炊飯器に向かった。写真を炊飯器の横におき、自分のお椀をとってご飯を入れる。すると、薄黄色のエプロンを着た父の西乃賢斗が写真を取り上げた。
「これは何の写真だ? また密研の?」
父は眉間に皺をよせながらそう尋ねてきた。
「うん。でもその地図の場所が分からないんだけど」
そう言いながら、しゃもじを水入れに入れた。すると、父は不思議そうにこちらを見てきた。
「こんなの母さんがいる所じゃないか」
父は笑いながら、そう言ってきた。
「え?」
まさか、もうここで素顔をさらすとは。
男の顔をまじまじと見やった。サン・ジェルマンと名乗った男の表情はただの老いた顔から自信に満ちた表情に変わったような気がした。
歴史上最も有名なペテン師か。どうやら今もペテンを続けてるらしい。
相手の顔を観察しながらそう思った。
作品名:密研はいりませんか? 作家名:paranoid