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鮭缶、あるいはその日ヒロシマで

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 防空壕の土砂をかき出して崩れた家から食器やなんかを持ち出し、途中で出てきた母さんの遺体を焼いて、ようやく僕らが落ち着くまでに三日かかった。雪ちゃんはしばらくここにいることにしたらしい――雪ちゃんの家は市内のもっと中心の方で、行ってみて誰もいなかったら怖いから、と言った。
 破裂した水道管が家の前にあるおかげで水にはこまらなかったし、救護活動は七日から始まっていて、市内のこんな外れにも、軍人がトラックで回ってきて握り飯を配ってくれたのはありがたかった。雪ちゃんは「弟と妹がいるんです」と言って握り飯を二人分より多くもらってきて、僕が学校に行く時の昼に持たせてくれた。
 市外にある高校と寮はほとんど被害がなく、後で聞いた話だが窓が何枚か割れた程度だったらしい。僕は同級生にも教官にも死んだと思われていたらしく、「ただいまもどりました」と頭を下げたら「馬鹿野郎」とあちこちから殴られてもみくちゃにされ、寮母のおばさんは涙ぐみながらとっておきの鮭缶を二つもくれた。
 僕はしばらく家にもどれなかった。僕ら学生は救護活動に借り出されて、校舎は応急救護所になり、野戦病院さながらの有様だった。僕は軍医のところから、こっそりマーキロを失敬してカバンにひそませておいた。身勝手だと殴られても仕方がなかったが、僕はそうした――雪ちゃんよりもずっとひどい怪我の人たちを見ておきながら、僕は雪ちゃんの肩の火傷がずっと気になっていたのだ。
 二、三日して、突然僕は家に帰れることになった。応急救護所になった学校で、伝染病が出たからだ。火傷もなく、つい何時間か前まで元気だった同級生や教官に突然紫色の斑点が出て、下痢をしたり血を吐いたりした。軍医は、原因は皆目見当がつかない、と匙を投げた。
 僕はカバンに鮭缶を二つとマーキロを一本、それと寮母さんがお茶を入れてくれた水筒を持って、二時間ばかり歩いて帰った。前は電車を使って帰ったが、道沿いにある線路は焼け焦げた死体が転がっていたり、横転した電車そのものがごろりと横たわっていたりで、しばらく復旧の見込みはなさそうだった。
「雪ちゃん、帰ったよ」
 雪ちゃんは防空壕の中に敷いた布団に横になっていて、お帰りなさい孝雄兄さん、とちょっと笑った。具合が悪いのか、と伝染病にかかったらしい同級生を思い出して、僕はひやりとした。
「朝から怠いの。ごめんなさい、お水も汲めなかった」
「そんなのはいいよ。お茶飲むかい、学校でもらったんだ」
 うん、とうなずいて、雪ちゃんはよいしょと身体を起こした。ふちの欠けた茶碗に半分くらい、水筒からお茶を入れてあげると、こくりこくりと一息に飲んだ。それからふぅっと息を吐いて、おいしいから孝雄兄さんも飲んで、と笑った。
 僕はお茶を飲んで、水を汲んでからマーキロを持って帰ってきたことを思い出し、雪ちゃんの火傷にそれをたっぷり塗ってやった。雪ちゃんは痩せていた。ちゃんと握り飯食べたかい、と聞くとあいまいな返事をしていたので、ひょっとしたら食べなかったのかもしれない。僕が何日か前に持って行った握り飯は、本当に余分にもらった分だったんだろうか。
 マーキロを塗ってやると、雪ちゃんは少し寝る、と言ってまた横になった。ゆっくりしておいで、と頭を撫でてやると、雪ちゃんはまた笑った。
「孝雄兄さん、やさしい」
 この子を守ってあげなくちゃならないと、強く思った。