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鮭缶、あるいはその日ヒロシマで

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 雪ちゃんの具合は良くならず、あげくに僕が学校から菌を持ってきたのか、身体中に紫の斑点を浮かせるようになった。下痢をして、用足しに行こうにも怠くて歩けず、僕の肩を借りてなんとか外まで這って行くが間に合わないこともしばしばで、服を汚してはごめんなさいごめんなさいと泣いた。
 僕は何もできず、ただ雪ちゃんが飲みたいと言うから水を汲んでやり、寒いと言うから家の下から布団を何枚も何枚も引っ張り出してかけてやった。マーキロをつけてやった肩の火傷は少し良くなったように見えたが、熱を出してただ怖い怖いと夜中にうなされる雪ちゃんの手を握ってやることしかできない僕にとって、それは慰めにもならなかった。
 十四日の朝、雪ちゃんは久しぶりに起き上がって、おなかが空いた、とつぶやいた。妙にすっきりした顔をしていたけれども、昨日熱が上がって汗が出たのが良かったのかもしれないと僕はひとり、ひそかに喜んだ。
「鮭缶、食べるかい。この間もらったんだよ」
「鮭缶? すごいごちそうね」
 雪ちゃんは手を叩いて笑った。雪ちゃんの具合が良くなったお祝いのつもりだったから、そんなふうに言ってもらえると嬉しかった。
 僕らは鮭缶を二つとも皿に載せて、木箱の卓袱台の上にろうそくと箸と一緒に出して食べた。ままごとみたいな、小さな食卓だった。雪ちゃんはそんなに多くもない鮭の切れ端を少しずつ大切そうに食べながら、孝雄兄さんと私、旦那様とお嫁さんみたい、と顔を赤くして冗談を言った。
「雪ちゃんが僕のお嫁さんかぁ。うーん、考えたこともなかった」
「ね、本当にいつかお嫁さんにしてくれる?」
「貰い手がいなかったらしょうがないからね、もらってあげるよ」
 ぷっと膨れて孝雄兄さんの意地悪、と言った雪ちゃんは、身内の贔屓目でなしに可愛かった。
 鮭缶をきれいに平らげた雪ちゃんは、また眠った。今度は熱も出ず、すぅすぅと気持ち良さそうに眠り続け、翌朝僕が起きてみると、僕の手を握ったまま、雪ちゃんは死んでいた。