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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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君が教えてくれたこと

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 やはり少し変わっている、と思う。変にごまかすような言い方をするのは祐一の性には合わないし、何よりも隠すようなことではないだろう。だが、ときにそういう話題に触れることはあっても、かえって向こうのほうが気を遣って話題を変えるのが普通だった。安人のように突っ込んで話を聞こうとする人間のほうが珍しい。それにこの訪問者には、どこか人の話を引き出す奇妙な才能があるようだった。
「きれいな写真撮る人だったんだ、お前の親父さん」
 安人の柔らかい声で、祐一は現実に引き戻された。
「そうだね。撮影撮影でほとんど家にいなくて、実は父のことってあんまり覚えてないんだ。写真家のくせに、家族の写真ってほとんどないんだよ」
「ふうん、そんなものなのか。―――この山の写真とか、いいな。春の山だろ。何つーか……『枕草子』?」
「『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは―――』ってやつ? そうだね。ぼくもその写真は好きだよ。―――君、文系でも古文は得意?」
「いや。暗唱だけ得意。―――ありがとう」
 差し出された本を祐一は受け取り、本棚に戻す。
「お前も写真撮るんだよな。やっぱ親父さんの影響?」
「かもね。それは判らないけど」
 答えて、祐一は小さく笑った。
「何だか、変な感じだよ。こんな話になると思わなかった」
 安人も苦笑し、ちょっと肩を竦めた。それから掛けていた椅子から立ち上がる。
「まあ、俺図々しいから。―――じゃ、そろそろおいとましないとな」
「もう心残りない?」
「あんまり遅くなってもな」
「別に構わないのに」
 祐一は扉を開け、先に立って歩き始めた。
「明日から、授業は何とかなりそう?」
「いつものことだからさ。何とかするよ」
「来週には模試もあるし、今月末には中間考査だから……困ったことがあったら訊いてみて。役に立てるかどうかは判らないけど」
「サンキュ。しっかし内原、お前って本当に委員長体質だな。ひょっとして三年連続だろ」
 祐一は苦笑する。
「実は六年連続」
「年季入ってるんじゃん」
「かもね。何だかもう、慣れちゃったよ」
「あ、帰っちゃうんだ、中里くん」
 玄関まで降りてきたところで、二階から祥子が顔を覗かせた。
「お騒がせしました」
「どういたしまして」
 祥子がそう応じたとき、外で車の音がする。祐一はドアのほうへ視線を向けた。
「―――あ……帰ってきた」
「伯父さん?」
 祐一が答えるよりも早く、階上から従妹のきつい声が飛んだ。
「オバチャンよ。―――じゃね、中里くん、また!」
 くるりと踵を返して部屋へ駆け戻っていく従妹の背を見つめ、祐一はちょっと息を吐き出す。
「義伯母(おば)さん、仕事?」
 安人の問いに、祐一は少し気を取り直して答えた。
「いや、今日は英会話かな。義伯母は多趣味だから、色々やってるんだ」
 コツコツとヒールの音が近づいてくる。祐一は安人の横をすり抜け、鍵を開けた。扉がスッと開き、義伯母の恵理子が入ってきた。髪はアップにし、淡いブルーのサマーカーディガンにベージュのワンピースを身につけた恵理子は、上品で知的な印象を与える。祥子と少し似て顔立ちははっきりしており、やや神経質な雰囲気も漂っている。来客を見とめ、わずかに意外そうな表情になった。
「あら」
「お帰りなさい。こちら転校生で……今日うちのクラスに入ってきた、中里です。授業の話とかがあったので、少し」
 祐一は説明する。
「転校? 三年生でしょう。こんな時期に大変ね」
 祥子同様、はっきりとした口調で恵理子は言い、視線を祐一から訪問者に移した。安人は軽く頭を下げる。
「あの、遅くまでお邪魔しました」
「いいえ。少しはお役に立てました?」
「山のようにノートを見せてもらいましたから。すごく丁寧なノートで、助かりました、本当に」
「霧島に編入なさるんですから、きっとお出来になるんでしょう。―――どちらから?」
「京都の上ノ京高校です。京都でもちょっと田舎のほうにあるんですけど」
「そうですか。また祐一でお役に立てることがありましたら、何でもおっしゃってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
 それで話を打ち切り、恵理子は二人の間をすり抜けて中に入っていった。微かにいつもの香水の匂いが漂う。
「途中まで送ろうか? 家はどこ?」
 相手が転校生だという認識があったので、祐一はそう尋ねた。
「えーと、新町四丁目、っていったかな。番地は忘れた。大丈夫だよ。一回学校経由して帰るから」
「そう? ―――ちょっと待ってて」
 祐一は一度居間に戻り、紙とボールペンを持ってきた。そこに自分の携帯番号を走り書きする。
「じゃ、もし道に迷ったりしたら電話してきて」
 安人はメモをちらりと見てから、折りたたんで胸ポケットにしまった。
「何か、色々サンキュ。―――じゃ、また学校でな」
 祐一は門まで見送り、軽く手を振った。