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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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君が教えてくれたこと

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第一章 訪問者(3) - 訪問者(2) -



「こんにちは」
 安人はさほど戸惑う風もなく、笑みを返して少しだけ頭を下げる。
「どうも、お邪魔してます。えーと、俺中里っていうんだけど、君は?」
「中里何?」
「中里安人」
「内原祥子(しょうこ)よ。よろしく。字はしめすへんに羊」
「妹さん……かな?」
 安人はちょっと考えるそぶりを見せてから尋ねた。大学生や社会人には見えないことからそう見当をつけたらしい。
「従妹(いとこ)よ。同い年なの。二ヶ月だけ私のほうが若いけど」
「従妹? えーと、遊びにきてるのか? それとも、ひょっとして住んでる?」
「住んでるわよ、もちろん」
 どうやら祥子は安人の反応を楽しんでいるらしい。状況がつかめず、少し困惑気味の安人に、祐一は声を掛けた。安人は祐一に視線を向ける。
「ええと……?」
「ぼくさ、両親とも死んでいないんだよ。ここは伯父の家で、祥子は伯父夫婦の娘さんなんだ。それで判るかな」
「えーと、おじさんっていうと、両親どっちかの兄弟か。苗字が一緒だってことは、父方のご兄弟だ。違う?」
 頭の中で系図を辿っているらしく、安人は少し眉を寄せた。
「当たり。父のお兄さんだよ」
「なるほどな」
「で、祥子、用事は何?」
「別に」
 祐一の問いかけに、ケロリとした口調で祥子は答える。そのまま部屋に入ってくると、ベッドに座っている祐一の隣に腰を降ろした。
「祐一、滅多に家に友達なんて連れてこないんだもの。どんな人が来てるのかなーって思って。見たことない制服だけど、どこの学校の人?」
 身体を乗り出すようにして尋ねる。
「転校生なんだ。京都から今日転校してきたばっか」
「霧島に編入ってことは、頭いいんでしょ、中里くんも」
「頭いいのは君の従兄(いとこ)だろ。学年首席だって聞いたから、あやからせてもらおうと思ってさ。ノート見せてもらいに来たんだ」
「私は霧島西よ。霧島にはちょっと足りなくて」
「ふうん? 俺転校生だから、学校のレベルとかはまだよく判らないな」
「どこから来たの」
「京都の上ノ京高校」
「すごい転校歴なんだよ、彼」
 テンポのよい会話に、祐一はちょっと言葉をはさんだ。
「どういうこと?」
「名古屋から山口だっけ?」
「そう。で、もう一度名古屋、横浜、京都、それでここ、静岡」
 祐一がそうだったのと同様に、やはり祥子も面食らったらしい。
「何それ。転勤?」
「いや、サラ金」
「えっ?」
 二人分の「えっ」が重なった。安人はおかしそうに片手を上げる。
「冗談だって。転勤転勤。親父が銀行マンでさ。葦原銀行って知ってる? 多分知ってると思うけど」
「うん。大きいところだね。この間合併してなかった?」
 答えたのは祐一だった。
「そう。全国区でさ、情容赦ないんだ。で、単身赴任はさせないって、母さんの方針。専業主婦だし」
「でも、それだけ転校したら大変じゃない? 今回だってこんな時期よ? 高校生活ってあと一年もないのに」
 祐一もそう思う。祥子の言うとおり、この時期に転勤になったら、どう考えても単身赴任のほうが自然だ。
「まあ、別に苦にならないから。慣れてるし、今度はどこ?って感じかな。とにかく絶対一緒に住むんだってさ。下手したら俺が単身させられたりして」
 祥子は笑った。
「まさか。受験生よ」
「ま、確かにそれは冗談としても、俺が嫌がったらどうするかなあ。ま、転校のコツは図々しさだぜ。初対面の奴の家に上がりこむぐらい屁とも思わない、みたいな」
「なるほどねえ。それがコツなんだ。覚えとこっと」
「そ。本邦初公開の秘伝だから」
 祥子は小さく笑みを洩らし、それからひょいと立ち上がる。
「じゃ、退散しようかな。お邪魔だろうし」
「別に構わないけど?」
「ううん。また来てね、中里くん」
「ああ。お邪魔するよ」
「じゃね」
 軽く手を振って、祥子は出ていった。
 短い沈黙がおりる。
「楽しい人だね」
 祐一は微笑した。
「うん。はきはきしてるだろ。いつも押されちゃうんだ、昔から」
「ふうん……」
 再び、沈黙。
「ただ……ちょっと、気を遣わせたかな。祥子には全然悪気はないんだけど」
 祐一は少し苦笑混じりに言った。
「従妹が一緒に住んでるってことになったら、どうしても状況を説明することになるから」
 安人も苦笑した。
「いや、こっちこそ。俺もこの図々しさで人生渡ってきたけど、ちょっとこういうシチュエーションは初めてで、少々反省してる」
 一応謝罪風の言葉ではあったが、それはどこかユーモアを帯びて軽かった。この訪問者の特質なのかもしれない。
「もし差し支えなければだけど―――いつから伯父さんの家に?」
「七年になるよ。ちょうどこの間七回忌の法要があったんだ」
 淡々とした口調で祐一は答えた。
「……七回忌って、どっちの? ―――まさか同時に?」
 安人は驚いたように尋ねてくる。祐一は頷いた。
「事故だったんだ。撮影旅行に初めて夫婦二人で出かけて―――あ、父さん写真家だったんだけどね、山道で車ごと転落してさ」
 事故現場がずいぶん山奥だったこと、また旅行予定が二週間だったことから、捜査の開始そのものが遅くなってしまった。死後四、五日という以上の特定ができず、未だに命日がはっきりしない。
 変な話だな、とそこで祐一は思い、ちょっと口元に笑みを浮かべた。安人は相槌も打たず、ただ黙って聞いている。反応に困っていたのかもしれないが。
「事故のとき、この家にいたんだよ。母さん同士も初めから友達だったとかで家族ぐるみの付き合いだったから、旅行の間預けられてたんだよ。結局それから、なし崩しに生活の場はここになっちゃったな」
 安人はじっと祐一を見つめ、軽く息を吐き出す。
「それさ、学校のみんなとか知ってる話?」
 祐一はちょっと考えた。
「どうなんだろう? 判らないな。別に隠してるつもりもないんだけど、だからって敢えて話題にもしないから」
「……そっか」
 安人はちょっと頷く。落ち着かない沈黙があった。
「驚いてる?」
 祐一は静かな声音で尋ねる。安人は頬だけで微かに笑った。
「まあ、正直。―――そうか、写真家かあ。写真集とか出してたんだ、じゃあ」
「うん。そんなに数は多くなかったけど」
「そこにある?」
 言って、安人は本棚に視線を向ける。
「あるよ」
「見てもいいかな」
「いいよ」
 軽い口調で応じ、祐一はベッドから立ち上がった。
 取り出した本のタイトルは、『光の朝』。最後の作品集だった。
 中身はもう覚えてしまっている。テーマはタイトルの通り、光と朝。父俊雄のモチーフは、山、海、空、そして植物といった自然だった。ときに光や風の姿をも父の写真は追っていたように思う。かすかに明るむ空を背景にそびえる山の黒い稜線。初夏の光をあびてみずみずしく輝く新緑。秋風に揺れる一面のコスモス―――
 安人は丁寧にゆっくりとページをめくっていく。祐一はやや落ち着かない気分で眺めていた。