なんでもない、夏
生返事をする。近くの岩場に腰を下ろし、胸ポケットから煙草を取り出し吸う。
「あれって、総司一人で書いたの?」
俺は煙草を一吹かしすると、由貴も近くの岩場に腰を掛ける。
「うん? …まぁ、大体はな。細かいとこは神田と一緒に練ったけど」
由貴は月を見上げながら微笑んで、
「いい話よね」
―――?
「…確かにあれは話じゃないけど、情景の繰り返しによって見る人それぞれにストーリーができ上がっていくと思わない?」
由貴は俺の疑問を拭うように話を続けた。俺は軽く頷く。
「…どうしてあんな風にしたの?」
「…ん。そうやなぁ」
質問の意図をはかりかねた。「どうして」といわれても、本当のところ、それには答えることはできない。いや、答えようと思えば答えることはできるが、それは違うような気がする。実のところ、自分にもどうしてかわかっていないのだ。
「なんとなく」
そういう言葉しか相応しい気がしなかった。俺は月明かりに照らされた由貴の手を見て云った。由貴の右手にはプラチナのリングが填められている。一度話題に上ったことがあったが、由貴はさりげなくその会話を嫌がっていた。
「なんとなく…」
由貴は半疑問形で云う。
「そら、理論づけよう思ったらいくらでもできるけどな…。でも、イマジネーションなんてその場一瞬のモンやろ、それに言葉で説明つくもんやったら言葉で表現するやろうしな」
「……言葉で説明のつかないものってたくさんあるよね。……なのに、どうして言葉なんてあるんだろ…」
しばらくの沈黙。
「……少なくとも、言葉で説明のつくものが存在するから、言葉は存在するんやないのかな…」
とりとめのない答えを呟く。
「でも、それよりも多くのことは言葉では説明のつかないことのような気がする」
由貴は素早く返してくる。
「まぁな…。でも、それが言葉の存在理由にはならへんやろ。現に今、俺と由貴は言葉で話してるやないか」
「……本当にそうなのかしら……。ホントウに話が通じるっていうのは、言葉じゃなくてその人のそれまでの経験とか、考え方とかそういうもので、みんな言葉の上辺に騙されてるんじゃないかな」
由貴の話を噛んで砕くように頭で反芻しながら、思うところのまま答える。
「つまり、由貴は言葉は表現上の問題で、本当に伝えたいことはそれを経験した人にしかわからないって言う事かな……」
俺はここで少し言葉を切って、由貴の方を見た。由貴は反駁材料を探しているのか、目を宙に躱している。俺はその反応を横目に話を続ける。
「もしそうやったとしても……それも言葉の上ではそうかもしれへんけども……だからといって、やっぱりそれは言葉の存在……否定かな、この場合……理由にはならへん。なぜなら、人は言葉によって心を導くことができるし、欺くこともできるからや。言葉の上辺に騙されるのは心に欺きがあるからで、言葉に嘘があるんとちゃうからな。本当に心からの言葉はその人の心に響くもんだよ、クサイ云い方すると……」
由貴と俺は暫くの間、潮騒の音に耳を傾けていた。海がいくら汚れていても、砂浜にゴミが散乱していようとも、波音と、月の輝きは変わらない。人が何故言葉を保っているのか、その理由も波音や月の輝きと同じなのではないだろうか。
「総司っておもしろいね」
「面白い?」
「うん。カッコいいし」
「格好いい?―――どこが?」
「……そういうトコ」
俺が苦汁を舐めたような顰めっ面をしていると、
「でも……。まぁ、いいや。帰ろっか?」
由貴は云った。