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なんでもない、夏

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 宿に戻るとすぐ夕飯。
 皆、遊び疲れてお腹を空かしているようで、あっと言う間に夕飯は済んでしまった。
 入浴後。さっぱりした体で浴衣を着、窓から入ってくる潮風を浴びる。潮風に吹かれながらビールを飲み、持参した新作推理小説を読みながら時折煙草を吸い、旅館の醍醐味をたっぷり味わう。部屋割りが男と女で二部屋に別れているので由貴はいない。いや、さっきまで二、三人女性陣がこの部屋に遊びに来ていたが十分ほど前に自室に戻っていった。
「…住友さん」
「ん」
 真柴だ。風呂上がりらしく、タオルを頭にかけている。「水もしたたるいい男」というやつだろうか。浴衣は着ていない。持参のノースリーブに短パンだ。
 旅館では浴衣だろ? と心の中でつぶやくが、口には出さない。
「これ、おもしろいですね」
 俺の書いた脚本を手に持ちながら云う。
「ありがとう」
 俺は素直に礼を云い、口に咥えていた煙草の灰を灰皿に落とし、そのまま灰皿に置いた。
「…難しいっていう評判を聞くけど…?」
 真柴は「煙草をください」のポーズをする。俺は窓の桟に置いていた煙草とライターを真柴に手渡す。
「基本的に、イメージやから難しく映るんやないですか?」
 煙草をひとふかししてから真柴は答える。
「心象(イメージ)は言葉にできへんのやから、言葉になっとるいうことは心象やないやろう」
「いや、そういうことやなくて、イメージ的な言葉が多いいうことやないですか? だから、難しいって言うより、具体的な画として頭に浮かびにくい。―――まぁ、それを難しいという言葉に当て填めることもできなくはないですけど。それに、難しい・易しいっていうのは至極主観的な問題で、そうだから作品価値云々ていうのは別の問題やと思いますけど」
 俺は真柴の言葉に一応相づちを打つ。
「―――それで、どう? 一読して、演(や)れそう?」
「どう…って、訊かれても。役者は演(や)るのが役目でしょう?」
 真柴はプロ志望なので、発言がプロ的であると思う。このサークルの他に、地元の小劇団のメンバーでもある。プロがどういうモノを指すのかは俺にはよくわかっていないのだけれど。
「まぁ…そう言われると身も蓋もないけど」
 煙草を一吹きし、再び話す。
「俺ははっきり云って本業として演劇をやろうなんて思うてないからな、もしかしたら真柴と意見が対立するんやないかと思ってるんや」
「それは仕方がないことでしょう。でも、僕は演じる前から心配なんてしないことにしてますからね、大丈夫ですよ」
 俺は真柴の台詞に続けるようにして、話しはじめた。
「俺はね、役者ってのはつくづく羨ましいって思うんや。だってそうやろ。スポットライトを浴びて舞台に立ったらもう俺たち演出側の用はない。演技ってのは演出に合わせるんやなくて、演出を生かすものやと思う。俺が脚本の立場で役者にこうしたほうがいいとかこうして欲しいとか言う事はできるけど、それをそうするかどうかの決定権はそっちにあるんや。俺はその決定に従うことにしてるし、それこそ演出側の醍醐味ってやつや。多分この感覚は演技をする側には解らないんだろうなぁと思うけど。俺は演技の才能はないから演技者の感覚は解らない、あいこやな」
俺がここまで捲し立てると、真柴は気の抜けたような、惚けたような顔をしている。
「―――そうかもしれませんね。格好いいですよ」
「ちょっと演技っぽいクサさでええやろ?」
 苦笑した。


 夜半―――。みんなが寝静まった頃、目が覚めてしまった。時計を見ると午前三時。あれだけ遊び回ったのに何故こんな時間に目が覚める? と自問したが、回答は出来なかった。
 皆寝ている。静かだ。潮騒が時折聞こえる。
 (別に多少睡眠できなくてもいいか)
 読みかけの本を…と思ったが、ペンライトがない。家に忘れたか。
 ………。
 こうしてボーッとしていても何だし、ちょっと外でも歩こうか。
 一人寂しく廊下に出る。鴬張りもどきの廊下がみしみし音を立てる。

 丁度由貴達の部屋を通りすぎる間際、扉が開いた。由貴だった。
 由貴はこちらに気付くと、一瞬間を置いて、
「どうしたの?」
 訊いてくる。云いながら欠伸をして目をこすっている。パチっと目が覚めたわけではないようだ。
「え? なんか、目が覚めてもうて…。そっちも?」
「うん」
「ふーん。ほんならちょっと浜辺歩けへん? 月明かりが綺麗や」
 『月明かりが綺麗や』って軟派みたいな言い方やな…。


 『月明かりが綺麗』―――それは本当だった。綺麗な満月だ。
 浜辺は打ち上げ花火の跡や、飲み捨てられたペットボトルが散乱している。行楽地の海は汚れがひどい。少しくらい汚れている、というのは普通の状態だ。それは自然だと思う。しかし、須磨の汚れは自然ではない。俺は大してモラリストなわけではないが、日本人の自然に対するモラルはどうなっているのかと憤慨する。
「なにしてるの?」
「いや、あまりにも汚いから、どうにもなるもんやないけど、少しでも片付けよう思って…」
 浜辺に落ちていた袋にペットボトルや缶など自然には分解されないであろう不燃物を入れる。
「エントロピーって云うのは外界から遮断された状態にあるとき常に増大するっていうけど、人間もそうなのかしらね…」
 黙々とゴミ拾いをしている俺に、由貴は地平線の方を見やりながら、何やら意味有りげなことを話す。
「何、それ? エントロピーとゴミ拾いの関係? 中々面白いテーマやけど…」
 ゴミを拾いながら答える。拾っても拾っても片付かないくらいゴミは多い。
「―――人を殺したいって思ったことある?」
「え?」
 意味有りげな台詞の後片付けもしないうちに、由貴は真顔で俺に問いかける。週刊連載の打ち切りみたいだ。こちらのことはお構いなし。
 ゴミ袋を一先ず浜辺に置き、由貴の方を向く。
「……あるよ……」
 一瞬、俺は真剣に答えるべきかどうか迷ったが、冗談で返す気にはなれなかった。
「……と思う」
 俺はその台詞の後に付け加えた。
「と、思う?」
「ああ。どっちにしてもそんな真剣なもんやなかったんや…あれは。多分、弱い自分に対する腹ただしさを他人(ひと)にぶつけてたんやろうなって、今は思うけど」
「その殺したいって思った人って、親しい人?」
「――――――」
 俺が答えないでいると、
「…云いたくなかったらいいんだけど」
と、由貴は海を見ている。
「いや……。……友達や」
「友達?」
「―――親しい友達や…」
「…今はそんなことない?」
「今はな…。もう、そいつも死んでもうたし―――」
「え?」
「事故やったんや―――」
 俺は由貴の反応などお構いなしで喋っていた。
「―――そいつ、高校出て化学工場に勤めてたんやけど、この前もテレビとかでやっとたやろ、一ヶ崎化学尼崎工場爆発事故。あれに巻き込まれたそうや。人間って案外簡単に死ぬもんやねんなぁって、あん時思ったけど、考えたら当たり前やな」
 俺は空笑いした。
 しばらくの間、沈黙が訪れた。
 こんな話はあんまり他人(ひと)にはしたくない。
 ―――こんな話、しなければよかった。
「旅館で同じ部屋の女の子が持ってた脚本、読んだの」
「ああ」
作品名:なんでもない、夏 作家名:志木