夢路を辿りて
光彦は「やけに派手なファッションの女性だな」と思いながら、ゆっくりとその女性に近付いて行くと、彼女に持っていたスケッチ・ブックを見せながら言った。
「水彩画材といっても多くないですが、そちらの奥のコーナーの方にございます。」
「それとスケッチ・ブックの方は、いまココには、この4種類のサイズしかありませんが…」
「そうねぇ。スケッチ・ブックは、これとこれでいいわ。」
「じゃあ水彩画材を少し見せてもらうわね。」
「それと…」
その女性はそこで言葉を止めると、店の隅に置いてあった古いサンスイのスピーカーを見て話した。
「へぇー、まだこんな古いスピーカーが残ってたんだ。」
「それにとっても懐かしい曲。」
「これカーリー・サイモンの“No Secrets”ね、私もよく聴いたわ。」
彼女は本当に懐かしそうに言うと、掛けていたサングラスを外し、軽く髪の毛を掻き揚げると、その外したサングラスで髪の毛を、額の少し上のほうで留め、光彦の方を振り向いた。
光彦はその女性の顔を見てドキッとした。するとその女性の方も驚いたような表情をして言った。
「あれ?光彦…くん?」
「もしかしてあなた、光彦くんじゃない?」
「うん。」
「元気だった?こんなところで会うなんて。」
「雅代さんも元気だった?あれから…」
光彦がそれより先の言葉に迷ったとき、雅代は「なに?」と言いたげな顔をして少し頭を傾げたが、すぐにあの頃のような笑顔に変わった。
「そうね、もう何十年。」
「私は本当のおばあちゃんになっちゃったし、光彦くんも頭、真っ白ね。」
「光彦くん、ずっと此処でお店やってたの?全然気がつかなかったわ。」
「もう20年くらいかな、この店。会社を辞めるとすぐに始めたから。」
「そうなの。私はあの後、少して引っ越したんだけど、何故か娘がこっちへ住んでる人と結婚しちゃってね。」
「それからまた、ちょくちょくやって来てたのよ。」
光彦はそんな話しを聞きながら、彼女が水彩画材一式を、曾孫の誕生日に贈るものだと知って、つくづく自分たちも年を取ったのだと思いつつも、今もまだあの頃の気持ちは、自分の中に残っていることを感じていた。