夢路を辿りて
第3話 うつろな愛は消えて
それから数日後のことだった。光彦はいつものようにコーヒーを片手に、古いステレオで音楽を聴いていたが、その日は珍しくCDではなく、彼がいつまでも残しておいたレコードだった。
そのレコードは、彼が高校時代にある処で聴かせてもらったもので、その時はじめてカーリー・サイモンというシンガーを知り、それ以来光彦は、カーリー・サイモンのレコードを集めるようになり、絵を描くことに疲れると、気分転換のためにと、幾枚もある彼女のレコードを並べ、そのジャケットを眺めながら曲を聴き、コーヒーを飲む癖が付いたようであった。
そしていま彼が耳にしている曲が、その頃よく聴いていた“You're So Vain”、日本タイトルで『うつろな愛』という、ローリング・ストーンズのボーカル、ミック・ジャガーがバック・コーラスで参加して話題となった曲だった。
あの頃はフロイドにイーグルス、それにベンソンなどもよく聴いたものだが、と、そんなことを思いながら光彦が、箱から取り出したタバコに火を付けようとしたその時であった。外でけたたましくブレーキの音がすると、店の前に見知らぬ外車が停まったのだった。
するとその車からはひとりの女性が下りて来て、光彦の店の看板を確かめるようにしながら、飛び込んで来るように扉を開けると、そのまま急ぎ足で店の中に入って叫んだのだった。
「すみません!こちらにワトソン紙のスケッチ・ブックと水彩画材一式、置いてませんか?」
「はい、いらっしゃいませ。」
「どちらもありますけど、どのような水彩画材がお要りでしょうか?」
光彦がそう答えながら、店の奥に置いてあったスケッチ・ブックを数冊持って店の中へと姿を表すと、そこには、光彦よりも年上であろう女性が、キョロキョロしながら立っていた。
その女性はカールさせた髪を亜麻色に染め、所々に朱色のメッシュを施し、黒ブチのサングラスを掛け、麻っぽいビビッドなピンクのサマーセーターにジーンズという、年の割にはかなり派手目でカジュアルな格好をしていたが、それでも、そんな格好など一向に気にならないほど、溌溂とした感じの女性で、どことなく光彦が知っていた女性に似ている。その女性は彼の店の奥に掛けてあった、今では3枚となった絵の中にいた。