夢路を辿りて
光彦は仙石青年が驚愕の声を上げて指差した、店の奥の壁に掛けていたその絵の方を向いて、かなり照れた様子で言ったのだった。
「ああ、あの絵か。あれは以前キミに見せたあの描き掛けの絵の完成なんだよ。」
「だけど全然そんな風に見えないだろう?」
「やっぱり私には、こうしたセンスというものが無いんだな。ははは。」
「いいえ、先生あの絵…、今回ボクが応募した絵とそっくりなんです!」
「まさかそんなこと。キミ、冗談もちゃんと言えるだね。」
「だけど嬉しいよ、そんなに言ってもらうと。」
「いいえ!冗談なんかじゃなくて、本当にそっくりなんです!」
それを聞いて光彦は、作品を描きはじめるとき仙石青年が、自分の描き掛けの絵の事で結構悩んでいたため、きっとそうした思いがあって、自分の完成した絵を始めて見て、心のどこかに罪悪感でも生まれてしまって、目にしたあの絵がそう見えるのだろうと思うのと同時に、仙石青年がせっかく夢を手にしたという時に、私が描き掛けた絵を見せたばっかりに、生真面目な彼に、あるはずのない幻影を見せてしまって、本当に悪いことをしたという気持ちでいた。
それほどに、試作と完成は似つかないものであって、況してや今日始めて、仙石青年は光彦が描いたまともな絵を見たのだから、そっくりも何も、そんなことが起こること事態、まず考えられないことだった。
光彦は興奮している仙石青年を宥めるように、「うん、ありがとう。もういいから。」と彼の肩を軽く叩きながら言うと、祝いの品を何か贈らないといけないからと、次に来るまでに欲しいものを考えとくよう彼に話して、彼が帰宅する姿を見送ったのである。
「しかし本当に良かったな、仙石君。」
「彼は才能があるから、きっと成功すると思っていたんだ。」
仙石青年を見送って店の奥で寛ぎながら、光彦は自分の事のように嬉しそうな顔で、誰に言うでもなくそう呟いた。
それから数日後のことだった。光彦の店に一通の手紙が郵送されて来た。手紙の送り主には「仙石紅葉」と書いてあり、どうやら仙石青年の母からの手紙のようだったが、名字は別としても、光彦にはその名前に覚えがあった。
光彦は「はっ」として、店に入ると慌ててその手紙の封を切った。すると封筒の中には、手紙と一緒に一枚の写真が同封されていたのであった。その写真には、仙石青年がまだ子どもの頃に母の紅葉に抱かれた姿が写っていた。光彦はその写真を見て、仙石青年がここで話したことは、彼の私への気遣いや幻影などではなく、本当にそうだったのかも知れないと思えた。