夢路を辿りて
光彦はそのことを考えながらの運転だったからだろう。車を走らせていたはずが、気がつくと彼は、もう駐車場の前まで来ていた。
エンジンを切って、徐に車のドアを開けたその時、彼は傍と思い出したのだった。それは遠い昔、ある時期に妻がよく見せた表情に似ていると、そう光彦が思った瞬間、路地から一人の女性が飛び出して来た。
「あっ!とうさんだ!」
光彦はそう叫んだ女性の声に懐かしさを感じつつも、普通であれば、さすがにこのような奇遇は続くわけがなく、これは全て夢ではないのかと思い始めていた。そう、この1ヶ月のことは全てが夢で、今もまだ、自分は眠りの中にいるのだろうと。
「ねえ、どうしたの?そんな顔して…ビックリして声も出ないのかな?」
「あ、ああ。絵美ちゃん?」
「そうだよ。ホントご無沙汰しちゃって、かあさんにも怒られちゃったよ。」
「どうして…」
光彦はそこまで言うと、先ほどの妻の話したことと、その時の表情が頭を過るとともに、夢の続きか神の悪戯か、頭の中で問答を繰り返していた。
すると絵美ちゃんと呼ばれた彼女、岡倉絵美子は「へへへ」と笑って、光彦の妻が一緒でないことを尋ねり、今回のことや家庭のことなど、昔と変わらない様子で話し始めたが、ここでは何だからと、光彦が彼女を連れて店へと入ると、見計らったように電話が鳴ると、それは妻からの電話だった。
「どう?ビックリしたでしょ、本当に久し振りで…でも変わらないわ彼女。」
「ああ。だがお前、知ってたのならちゃんと話しておけよ。私が直接ここに来なかったら、今頃どうなっていたことやら。」
「そうね。でもそうならそうで、それも運命よ。ふふふ。」
「ふふふって何だよ。とにかく少しこっちに来れないのか?」
「これから忙しくなるのよ。それに私は、昨日彼女とはゆっくり話したからいいのよ、今日はあなたで。」
「あなた、彼女のこととても気に入ってたしね。ふふふ。」
「だから何だよ、ふふふって。」
「今日だけ、あなたへのプレゼントよ。」
「電話…かあさん?」
「うん、そうだけど。何だか言ってることが…」
「ちょっと代わって。」
「うん、うん、うん。わかったよ。それじゃ頑張ってね。」
「おい、おい…」
絵美子は何かの返事をすると、そのまま電話を切ってしまい、光彦は何が何やら解らないままでいたのだが、どうやら妻の言ったプレゼントとは、懐かしい彼女との時間のことであって、それは今日が、光彦の誕生日だったためだと、絵美子から言われて気付いたのだった。