夢路を辿りて
光彦はその話しを聞いて、これまでそんな絵画教室があったことも知らず、ただ毎日を店番のように画材店で過ごしていた自分を、やはり商売には向いていないと思って苦笑していたのだが、すぐ光彦のその苦笑した表情は、困惑した表情へと変わると「高島?」と呟きながら考え込み、暫くすると「あっ!あの先生か!」と大声を上げたのだった。
その声に驚いた店主とお客は、いったい何ごとかと尋ねると、その絵画教室の先生というのは、光彦が若い頃に住んでいた時に、近所にいた絵の先生ではないのかということだった。
もしそうなら、本当に二度あることは三度ありそうな予感がして、そのとき光彦は、なんとも言えない気分になっていた。
それもそのはずで、もう30年も40年も出会うこともなかった女性たちと、1ヶ月もしないうちに既に二人と再会して、更に三人目との再会ともなれば、それはもう光彦にとっては、ただの偶然とは思えないような、何か運命がかった出来事だといえるのだ。
光彦は思っていた。もしかすると、これは神が自分に最後に見せてくれる、夢の続きなのかも知れないと。
しかしその日は、結局、店を終うまでに客らしい客すら誰ひとり来ることはなく、光彦は家に帰ると、妻に昔近所に住んでいた絵の先生が、店の近くのマンションで教室を開いていたのだが、今日亡くなったらしいということを告げると、妻は、明日は休みだし当時お世話になったからと、遅い時間にもかかわらず、急いでお通夜への支度をすると、挨拶だけでもと言って、ハッキリした場所も判らないまま、出掛けて行ってしまったのだ。
それから3時間くらいすると妻が帰宅して、亡くなったのは絵画教室の先生ではなく、ご主人の方でだったことを知らされた。
そんなことのあった翌日、今日休みだったはずの妻が、仕事で緊急の事態が起きたからと、もう10時前とはいえ眠い顔をしたままで、すぐに出掛けるからと言い、光彦は妻を会社へと送ると、そのまま店の方へと出るはめになったが、そのとき彼女は、光彦と会社の前で別れるとき、今日は「珍しいことがあるかもよ」と、なにやら判らない含み笑いをしていた。