地球が消滅するとき
第4章
「いらっしゃーい」
と口々に言いながら駆け寄って来た子供たちの後ろから、ゆったりと現れた榊原康男を見た井伊さくらと石田翔太の眼が点になり、口はOの字となった。
しばらく声が出せず、ただ眺めていた。
気を取り直した井伊さくら。恐る恐る尋ねた。
「あなた、榊原君よね・・・どうしたの、そのかっこうは」
「えへへ、似あいます?」
と言って、頭の左横で手拍子を打ち腰をくねらせた。
「郷に入れば郷に従え、ですよ」
腰みのをつけ、裸の上半身や顔、手足に泥を塗りたくって、色まで付けている。
「これ、案外虫除けにもなってるんですよ。さくらさんもそんなネットかぶらんでも、どうですか」
「あの・・その下、―――はいてるんよね」
「ハッ、なにをたわけたこと、腰みのの下には何もつけてませんよ。だから、涼しいんです」
そんな会話をしていると、ひときわ大きな、葉をかぶせた家から、一人の男が走り出てやってきた。
右手首を顔の横でひねりながら、手のひらを上に向けて
「いらっしゃーい」
と独特の節をつけて。
「はっはっはっ、村長です。日本語を少し教えましてね」
「教えるなら標準語を教えなさい、ここを大阪村にしてしまうつもりなの。・・・それにそのギャグ、古いわよ」
と言いつつ、ムーブ族のガブリエル・ヨカとボンザリ・カタンガの通訳で、村長と丁寧なあいさつを交わした。
「日本の女性は、頭から網をかぶるんが習わしなんでっか。それやと何かと不便やろうね」
ムーブ族の3人とガブリエル・カタンガは、ゲラゲラと笑っていた。
日本人とボンザリ・カタンガにあてがわれた、頭がつかえそうな小さな小屋の中で、情報を交換した。
「ここの人たち、ウイルスに感染してるんよ。それでみんなあなたのこと心配してたんやけど、見る限り健康そのものやね。体調に変化なかった?」
「熱はないし、下痢もしなかったし、腹痛もありませんでした。ま、ぼくはたいていレトルト食べてましたし、一緒の食事をするにしても、山田さんから言われてたように、火の通ったもんしか口にしてませんでしたから、多分大丈夫やと思いますよ」
「それで、1カ月ここで生活して、どやった?」
「ここには電気がないから退屈かな、とも思ったんですけど、なかなか。子供たちは、生活の中に遊びがあり、遊び自体が生きることにつながってるんです。猟の腕前なんか、すごいですよ。植物や昆虫に関する知識もたいしたもんです。僕なんか教わっても、さっぱりですわ」
と頭をかいている。
「子供らに付き合ってもらって3日間、谷を遡ってみましたが、まだずーっと続いてました。グレート・リフト・バレーまで続いてるんかも知れませんね。それ以外はどこ行ってもジャングルだと言ってました。
パンジャにも会いましたが、普通の鳥でしたよ、ちょっと珍しいといった種類のね。アトランティデスは、近くで見るとヨボヨボのおばあさんで、目も耳も弱ってる感じですね」
「テレパシーはどやった?」
「身振り手振りで村人にいろいろ教えてもらったんですが、パンジャは満月の時にしかテレパシーを使えないんやそうです。満月の時に限って、いくつかの力が出せるんやそうです」
パンジャ村村長のノルベル・ンコイ、次期アトランティデスとなる少女アステル・バロー、ムーブ族のガブリエル・ヨカらを交えて話を聞いた。
『アステルが生まれた満月の夜が明けるころに、アトランティデスがパンジャを抱いて現れた。パンジャはくちばしで、アステルの額に印を残して去った』
アステルは前髪をかきわけて、その印というものを見せてくれた。直径1センチ弱の濃青色をしたほくろのようなものが額の中央にあった。
満月のころになるとパンジャの声が聞こえてくる、という。
それが『テレパシー』なのだと教えた。
『パンジャは満月のころになるとテレパシーを使い、また、アトランティデスに活力を与えることができる。そして村人はパンジャの元へ行き、パンジャから自分たちの由来を語って聞かされる。その間、恍惚とした気分になれる』
というのだ。それ以上のことについてはノルベル・ンコイにも分からない、という。
アステル・バローは村人たちと一緒にパンジャの話を聞いた後、一人残ってアトランティデスの作業を学び、二日後の昼、一人で村に帰って来た。
「賢者の石について教えてくれませんか」
と、石田翔太は尋ねた。
「わてにもよう分からんのやけど、なんや代々受け継いできたこれがそうらしい。もうほとんどないんで、粉になってるけど」
ボンザリ・カタンガの通訳である。
「それで赤ちゃんを育ててきたと聞きましたけど」
と、井伊さくら。
「これで育つわけおませんやん。母親を亡くした赤ん坊には、植物から採った樹液や、子供を産んだ動物を生け捕りにして乳もろてましたんや。下痢なんかした時にちょびっとだけこの粉を入れてたんです」
「ここの人たち、病気をしたことはないのですか?」
「さぁ、下痢や腹痛は時々ありますかなぁ」
「コウモリのコロニーに行ったり、コウモリを食べることはありますか?」
「あそこにいてるコウモリは、なんやパンジャと似てると思いまへんか。近づいたり殺すやなんて、滅相な。
そや、あんさんがこの前銃で撃たはったと後で聞いて、びっくりしたんでっせ。そやけど、ほどのうして生き返ったゆうんで、ほっとしましたんや」
「すみませんでした」
石田翔太は恐縮してみせた。
翌日、翌々日はコウモリのコロニーや、パンジャの谷へも行った。洞窟には、パンジャもアトランティデスもいなかった。
村へ戻って村長の許可を得て、石田翔太がコビトゾウから血液を採った。
ゾウは、力仕事や荷運びに使うのだそうだ。とてもおとなしく、優しい目をしていた。
井伊さくらは、ここでは網をかぶらないで過ごした。子供たちの人気の的で、絶えず取り巻かれ、触られ、ヘビやサソリからいち早く守られていた。
「ここは大人の女性が少ないから、珍しいんですわ」
と榊原康男は言い、しきりとここの装いを勧めていた。石田翔太はいつの間にかそれを取り入れている。
「こ、こ、このドスケベー!」