地球が消滅するとき
いよいよ満月の夜が来た。日本では中秋の名月。お月見の夜である。
村人たちはこの日に限って谷へは行かず、夜が明けてから村長が、賢者の石を受け取りに行くことになっている。
井伊さくら、石田翔太、榊原康男は、アステルと一緒に谷へ行ってもいいものかと、村長に相談した。
「よろしいやろ。パンジャは何にも秘密にはしませんさかいに。何をするんかは知らんけど、邪魔さえせえへんようにな」
生まれ育った村、縁者たちに別れを告げていたアステル・バローと共に、パンジャの谷へと向かった。
谷の洞窟の入口の前に平たい石の台座があり、その上に枯れ草で編まれた、座布団のようなものが置かれていた。中央部がへこんでいる。
洞窟からアトランティデスに抱かれてパンジャが現れた。
《そなたたちは、ずっと離れたところでなら見ていてもかまわぬ》
何も言わないうちに、日本語が頭の中にとび込んできた。
《何があってもすべてが終わるまで近づいてはならぬ》
井伊、石田、榊原はその広場の一番端に腰を下ろした。
パンジャはいきなりアトランティデスの右目にくちばしを刺し入れ、黒眼をくわえて飲みこんだ。左目も同様に。
井伊さくらは離れた位置にもかかわらず何をしたのかが分かって、ヒッ、と声をあげて片手を口にあてて腰を浮かしかけたが、石田翔太に押さえられて、坐り直した。
次にパンジャは、アトランティデスの手によって座布団のようなものの上に下ろされて、目を閉じてじっとしていた。
月の光がパンジャを照らし出した時、
「クワ――ッ」
と叫んで立ちあがり、卵を産み落とした。
《さて、そなたたちの知りたいことに答えたいのだが・・・
この谷に来るまで、どこにいたのかは私には分からない。
アトランティデスの双瞳には、この300年間の記憶が蓄積されている。それを呑み込むことで、記憶は今生れ出ようとしているパンジャに受け継がれたのだ。このようにして、代々の記憶は受け継がれてきた。
この谷に達した初代のパンジャは、テレパシーを使えることを知らなかった。なにしろそれまで『月』というものがなかったからね。ところが何年にもわたって満月の日に高揚する心を感じて、やがて気付いたのだよ。その能力の使い方をね。
これで私の役目は引き渡した。村人に生きる力を与え、賢者の石を生み出すことをね。アトランティデスの命も引き継がれたからね。私たちはこれで、行くよ》
「待って、賢者の石って?」
《その卵の殻のこと。ああ、少し欲しいんだね。明け方には生まれるからその時に持って行くがよい。ただし少しだけだよ。おそらくパンジャは、この37代目が最後となる気がする》
「どこへ行くんですか?」
《間もなくこの命は尽きる。私が死ねば、アトランティデスの命も同時に尽きるのだ。なにせ私の力で生きてるのだからね。ほら、聞こえるだろ、獣たちが死のにおいを嗅ぎつけて、近づいているのだ。ここをやつらのえさ場にすることはできないだろ。だから、行けるだけ遠くへ行って、やつらにこの身を捧げるのだよ》
「なんてひどい」
《人間と同じだよ。生き物の命を食べて生きてきたんだ。死ぬ時は、そのからだを差し出す。それがここでの決まりだ。
月が輝いているうちにできるだけ遠くに行かないと。獣たちは私達のにおいをたどって来るから、ここには来ない。
パンジャの誕生は離れた位置から見守ってやってくれるかい、最初に見たものを親と認識するのでね。それはこの新しいアトランティデスでないと困るのさ》
目を失った年老いたアトランティデスは、年老いたパンジャを抱いて、それでもしっかりとした足取りで階段を登って行き、見えなくなった。
月は、崖上の木立に隠れようとしていた。