恋の掟は春の空
叔父の会社で引越しの序曲
「この道の左側だから、あと、400mぐらいだな」
高志さんは運転をしながら俺に話しかけた。時刻は12時半を回っていた。
「へー。こんな所なんだ・」
叔父の家には子供の頃よく泊りがけで遊びに来ていたから知っていたけれど、会社は初めてだった。
「あー。でも、ここに引っ越したのはたぶん3年ぐらい前だな。前の場所からここに引っ越すときに、俺のところで、仕事したから・・」
東京から東京の、引越しの為に、わざわざ茨城の1番下の弟の会社を使うところが東京の叔父らしくて、おかしかった。
ウインカーをだして、トラックを寄せて停車した。直美のおかーさんの車も、少し遅れて、後ろに停車した。
「ここだそうです」
トラックを降りて直美の車に近づいて、声をかけると
「ふぅー やっと着いたね。ここで、部屋の鍵もらうんだっけ・・あと、契約書書くのかなぁ・・」
ちょっと、疲れたような直美の声だった。
「ちょっと、ここで、待ってって下さいね、おかーさん。会社に入って聞いてきますから・」
高志叔父さんにも同じ事を言って会社の入り口に向かった。なんか、こぎれいなビルの1階が会社らしかった。「渡辺建設」って書いてあった。叔父はこの会社の一人娘さんと結婚して、養子に入って跡を継いだので名前が変わっていた。
自動ドアを入ると、奥に受付があって、綺麗な女の人が座っていた。
「あのー 茨城の柏倉なんですが・・」
緊張してあんまり、うまく言えなかった。
「はぃ、社長の甥っ子様でらっしやいますね。少々お待ちくださいね」
言いながら電話をどこかにかけているようだった。
しばらくすると、エレベーターが下りてきて、でっかい声がロビーに響きわたっていた。1階だけが会社かと思ったら、どうやら、違うらしかった。もちろん、その声は叔父だった。
「おー。 早かったなぁ。車は外か・高志が運転してきたんだろう・・」
言いながら外の車を見て、高志叔父さんに手を上げて挨拶をしているようだった。
「叔父さん、今日は会社にいないって言ってませんでしたか・・」
「あー 今から出かける。千葉だっけっかな。少し待ってて良かったわ。どれ、挨拶すっかなぁ。劉の彼女に・・」
相変わらずのでっかい声で独り言を言いながら外に歩き出していた。
あわてて追いかけたら、もう車の横に立って中に話しかけていた。
「大変だったでしょ。叔父の渡辺です。よろしくお願いしますね。おかーさん、それと、直美さんだったかな・・いやぁー おかーさんも綺麗なら、娘さんも、また、かわいらしい」
初対面でいきなり、そんな事いうのかぁ・・って思ったけど、直美もおかーさんも うれしそうだった。
「あ、叔父さん、鍵とか、契約とかは・・どうしましょ。早くやらないと遅くなっちゃうから」
さっさと話を引越しに進めないと、ずーっと、ここで話をしてそうな感じだった。
「劉ちゃん。兄貴の性格にそっくりねー」
兄貴はもちろん 俺の親父のことだった。
「あ、俺は本当にこれから出かけなきゃ行けないから、悪いけど、ここで失礼するぞ。いま、会社の若いのが二人出てくるから、そいつに指示だしてあるから、大丈夫だ」
知らない間に黒い車が隣に横付けになっていた。
叔父は、また、直美のおかーさんの車に近づくと、同じような事を言っているようだった。
「じゃ、えっと、ここで、悪いな高志。よろしく頼むわ」
高志叔父さんに向かって言うと、急ぎ足で待たせてあった車に乗り込んで、あっという間にいなくなった。やっぱり叔父だった。
「あいかわらずだな・・昔から あんなだったもんな・・」
高志さんの言葉に笑いそうになっていた。
叔父が台風みたいにいなくなると、声を後ろからかけられた。
「私たちが、本日お手伝いさせていただきます。よろしくお願いいたします」
二人じゃなかった、若い男の人が3人と、若い女性が一人の合計4人だった。それも、引越しするぞーって格好だった。
「え、あ、どうも。すいません。あのー引越し手伝えって言われちゃいましたか・・・すいません。大丈夫ですよ、荷物そんなにないですから・・僕らでできますから・・」
本当の事だった。車から出てきていた直美も「大丈夫です」って横で答えていた。
「いやー。そういうわけにも。社長に昨日、直々に言い付かりましたので」
1番年上そうな男のひとが、丁寧に答えた。
「うーん。社長に言われちゃ、やらないわけにはいかないだろうから、手伝ってもらおう。それが丸く収まるから・・」
高志さんが小声で話しかけてきた。そりゃ、そうだなって思った。
「では、お願いしてもいいですか。すいませんが・・」
高志さんが代わって4人に答えてくれた。
「いいえ、こちらこそ、では車を今から回しますので、その後を付いて来て下さい。マンションまでの時間はここから20分ぐらいですから・・」
車をまわしている間に、おかーさんにいきさつを説明をすると、びっくりしていた。「本当にお世話になっちゃうわー」って申し訳なさそうだった。
叔父さんの会社の車、 直美のおかーさんの車、その後にトラックでついて行った。トラックの中身にくらべて、おおげさな引越しの始まりだった。
叔父になにか たのむと、いつも、こうだった。
子供のときに「プロ野球みたいんだけど・・」って言ったら、なにを考えているんだか、切符を田舎に10人分も送ってきたことを思い出していた。「友達も一緒に」って、そんな人だった。