恋の掟は春の空
包んで 包まれて
真っ暗の中で 腕の中の直美の瞳から涙がこぼれていた。
ゆっくりゆっくりと頬を伝わるその綺麗なしずくを、優しく手で俺はぬぐっていた。
一生懸命に俺を探すその濡れた瞳は、胸の奥に突き刺さるほどに愛しかった。
「ありがとう・・・」
小さなしっかりした声は、まちがいなく俺にだった。
「ありがとう・・・」
それしか返せなかった。
毛布で彼女の体を包んでその上から強く抱きしめていた。
「劉が 風邪引いちゃうってば・・」
掛け布団はベッドから落ちていた。
「痛いんでしょ・・・」
「大丈夫・・・ぎゅーって抱いてて・・」
抱きしめて直美のおでこと、頬をなでていた。
「ちょっと待ってね」
言いながら浮かんだのはテイッシュとバスタオルを持ってくることだけだった。
「シーツがダメになっちゃったね・・」
そんな現実はどうでもよかった。
「もうちょっと、抱っこしてもらってていい・・全然動けそうにないんだもん・・」
声には出さなかったけど、わかるように 「うん」 ってうなづいて抱きしめていた。今 できる事はそれだけだった。
直美は瞳を閉じていた。
それを見ながらおれも目を閉じて「愛してるよ、すごーくね」って声に出していた。
俺の手を探し当てて 握ってきた直美の手は「私も・」って喋っていた。
「歩けそう・・・」って彼女がちいさく口にしたのは、それからずっと後のことだった。
風邪を引いちゃいけなかったから お風呂にお湯をはって、先に直美が入る事にした。
その間に、新しいベッドパットとシーツとに交換していた。
「あっー 劉ー」
元気な声がお風呂場から響いてきた。ちょっとうれしかった。
「なにー どうかしたー」
「すごい なんか私って 間抜けかも・・どうしようー」
なんかいつもとは違っていたので風呂場のドアの前まで来ていた。
「どうかした・・大丈夫・・」
なにがなんだかわからなかった。
「下着の替えがないんだもん・・」
「どこに あるのよ・・」
「3階の部屋・・・」
ちょっと笑ってすぐには声が出なかった。
「俺がとりに行くの、それって・・」
「うそー やだー 絶対やだー」
そう言われてもって考えていた。
「じゃ 俺の貸そうか・・」
「えー・・・」
「あ、新しいのだよ。はいたのじゃないって・・それで 我慢しなよ・・」
「うーん わかった 我慢する」
我慢しちゃうんだって思った。
「じゃー ここに 持ってきておくからねー あ、パジャマは昨日のでいいの・・それも持ってくるの・・」
「劉のスエットないかな・・」
「あるけど・・」
昨日のでもパジャマはいいのに・・って考えてたけど、それって俺が変なのんかなぁ・・て思った。
新しいパンツとTシャツとそれから紺色の上下のスエットを用意して脱衣所に重ねていた。
「ここに 置いたからねー」
「うん ありがとうー」
エコーがかかった元気な声だった。
「ねぇ どうぉー 似合う・・・」
部屋に戻ってきた直美は 俺の紺色のスエット姿だった。
「少しだけ 劉のにおいする。これ」
肩の所をひっぱて鼻を近づけながらだった。
「パンツでかい・・」
笑いながらわざと聞いていた。
「大きいに決まってるでしょ・・」
直美もわざと、怒った顔で笑っていた。
「劉も 早く入っちゃって・・もう2時になっちゃう・・」
本当だった。
「うん 寝ててもいいよ・・」
「ちゃんと ゆっくり洗いなさいよー でも 早く帰ってきて・・」
「はぃはぃ」
「うんとね、これって 劉に包まれてるみたいで・・けっこう うれしい・・」
すれ違いながら言われていた。スエットのことらしかった。
風呂場には 直美が好きなボディーソープ香りが広がっていた。
こっちも直美に包まれているようだった。